90.隊長
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最初はただの事件だった。
ロサンゼルス市内。
路地裏で発見された変死体。
首筋に残された奇妙な噛み跡。
失われた大量の血液。
警察は猟奇殺人を疑った。
誰もがそう思った。
それが世界の終わりの始まりだとも知らずに。
数日後。
被害者が増えた。
一人。
二人。
十人。
百人。
感染は爆発的だった。
噛まれた者が吸血鬼になる。
そして新たな犠牲者へ噛みつく。
ねずみ算式。
いや。
それ以上だった。
家族が家族を襲った。
友人が友人を襲った。
警官が市民を襲った。
軍人ですら例外ではなかった。
ロサンゼルスは一週間も持たなかった。
都市は崩壊した。
さらに最悪だったのは。
感染者の中に理性を保った個体がいたことだ。
奴らは飛行機へ乗った。
船へ乗った。
列車へ乗った。
そして世界へ散った。
アメリカ。
ヨーロッパ。
アジア。
アフリカ。
オセアニア。
感染は国境を越えた。
人類は初めて理解した。
これは戦争ではない。
災害でもない。
種の存続を賭けた生存競争だと。
軍隊は抵抗した。
戦車。
戦闘機。
ミサイル。
ありとあらゆる兵器が投入された。
だが結果は変わらない。
撃っても再生する。
逃げても追いつかれる。
昼を待てども、夜は必ず来る。
世界中が恐怖へ飲み込まれていった。
そんな中。
僅かな希望が見つかった。
紫外線だった。
研究施設。
病院。
工場。
偶然、大量の紫外線照射設備を持つ施設だけが生き残っていた。
人類はそこへ集まった。
生き残った軍人。
研究者。
技術者。
市民。
全員で防衛拠点を構築した。
紫外線照射装置。
鉄条網。
監視塔。
防壁。
霧化したり、コウモリに変化する吸血鬼たちには鉄条網と防衛はあまり効果がなかったが…
そんなこんなで出来上がったのが対吸血鬼用作戦司令部だった。
だが。
人類は追い詰められていた。
吸血鬼たちも学習していたからだ。
遮光装備。
地下活動。
夜間奇襲。
防衛線は徐々に削られていた。
隊長は司令部のモニターを見つめる。
疲労は限界だった。
眠った記憶すら曖昧だ。
そんな時だった。
空間が歪んだ。
突然。
本当に突然だった。
空中が捻じ曲がった。
そして。
三人と一匹が現れた。
隊長は思った。
終わったと。
新種だ。
新種の吸血鬼だ。
そう思った。
銀髪の男。
黒髪の男。
ローブ姿の青年。
そして巨大な鹿。
どう見てもまともじゃない。
むしろ吸血鬼より怪しい。
慌てて部下へ命令を飛ばした。
包囲。
警戒。
照準。
最悪の場合は射殺。
だが。
なぜか言葉が通じた。
英語を話した。
それどころか。
何かを説明し始めた。
意味は分からなかった。
だが少なくとも吸血鬼ではないらしい。
隊長は頭を抱えた。
理解不能だった。
そして。
その日の夜。
ソイツらを尋問中に防衛線が突破された。
吸血鬼の群れ。
いつもの光景だった。
銃弾が飛ぶ。
悲鳴が響く。
兵士が倒れる。
吸血鬼が迫る。
相変わらずの地獄だった。
だが。
その日は違った。
銀髪の男が前へ出た。
何をしたのかは分からない。
本当に分からない。
だが。
あらゆるところから光が溢れ出た。
吸血鬼達が悲鳴を上げた。
次々と灰へと変わっていく吸血鬼達。
そして。
まるで意図的に生かされたかのように三体だけが生き延びた。
そして銀髪の男は奴らを鎖で捕らえ始めた。
隊長は目を疑った。
あり得ない。
吸血鬼は捕まらない。
それが常識だった。
コウモリになる。
霧になる。
壁を駆ける。
再生する。
だから人類は紫外線を使い、殺すことしかできなかった。
なのに。
目の前では三体の吸血鬼が鎖でぐるぐる巻きにされている。
まるで獲物だった。
そして。
銀髪の男が言った。
「施設を借りたい」
「実験する」
隊長は理解できなかった。
何を言っているのか。
何を考えているのか。
何をしようとしているのか。
ただ。
捕まえた吸血鬼たちを引きずりながら吸血鬼にとっては楽園のはずの地下へ向かう三人と一匹の背中を見て思った。
一体。
どうやって捕まえたんだ……?
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