87.歪みの先は
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歪みは近づくほど異常だった。
景色が揺れている。
空気が曲がっている。
まるで世界そのものが捻じ曲がっているみたいだった。
「……本当に入るんですか?」
ミハイルが震えた声で聞く。
「当然だ」
俺は答えた。
「当然じゃねぇんだよなぁ……」
ヴェルナが額を押さえる。
ルクスは妙に楽しそうだった。
『……』
「"面白そう"らしい」
「お前も大概だぞ」
街道脇。
馬車を止めたエドが苦笑していた。
「俺はここまでだ。無事に帰ってこいよ」
「善処する」
「その返事、不安しかねぇよ…」
俺は気にせず歪みへ歩き出した。
ヴェルナ。
ミハイル。
ルクス。
全員が続く。
そして。
光が視界を埋め尽くした。
――次の瞬間。
「……?」
違和感。
まず空気。
次に匂い。
そして景色。
見たことのない巨大な建造物が並んでいた。
いや、ソロモンとしては見たことのないと表現するべきだろうか…?
石造りではない。
ガラスと金属。
空へ伸びる塔。
舗装された道路。
信じられない高さの建物。
ミハイルが固まる。
「え……?」
ヴェルナも目を見開いていた。
「なんだここ……」
だが。
俺には見覚えがあった。
いや。
正確には記憶があった。
「地球か…?」
その瞬間だった。
「"動くな!!"」
怒号。
同時に複数の人影が飛び出してくる。
黒い服。
見慣れない武器。
だが俺は知っている。
銃だ。
十数人の男たちがこちらへ銃口を向けていた。
ミハイルが青ざめる。
「な、何ですか!?」
「武器を捨てて腕を上げろと言っているな」
「分かるんですか!?」
「英語だ」
「英語ってなんですか!?」
説明している暇はなかった。
兵士たちは明らかに緊張している。
引き金に指が掛かっていた。
俺はゆっくりと両手を上げる。
ヴェルナたちも慌てて真似をした。
「"待て! 撃つな!"」
俺は英語で叫ぶ。
兵士たちが一瞬固まった。
「"……英語が話せるのか?"」
「"話はできる"」
ざわめきが広がる。
隊長らしい男が前へ出た。
「"お前たちは何者だ"」
俺は少し考えた。
異世界人。
魔法使い。
神獣。
説明しても信じないだろう。
「"コスプレイベントへ参加していた"」
「"気が付いたら妙な光に包まれた"」
「"そしてここへいた"」
沈黙。
兵士たちが顔を見合わせる。
「"……本気で言ってるのか?"」
「ああ」
「"俺も状況を知りたい"」
隊長が深いため息を吐いた。
「"紛らわしい格好しやがって……"」
その時。
兵士の一人がルクスを指差した。
「"待て"」
「"その鹿はなんだ"」
全員の視線が集まる。
白銀の体毛。
夜空みたいな角。
どう見ても普通の鹿ではない。
俺は即答した。
「"ペットだ"」
沈黙。
「"ペット?"」
「ああ」
『……』
ルクスが静かに頷く。
「"ペット"」
「"こんなデカい鹿がいるか!!"」
「いるからここにいる」
兵士たちは頭を抱えていた。
だが。
少なくとも敵意は消えていた。
隊長は深いため息を吐く。
「"……まあいい"」
「"少なくとも吸血鬼じゃなさそうだ"」
その言葉に。
俺は驚きを隠せなくなる。
「"吸血鬼!?"」
「"知らないのか"」
彼はゆっくりと振り返る。
遠くの都市を見ながら言った。
「"お前たち、本当に運が悪かったな"」
「"ここは今――吸血鬼との戦争中だ"」
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