86.空間の歪み
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冒険者ギルド。
昼にも関わらず、空気は妙に張り詰めていた。
冒険者たちがざわついている。
「南の街道で空間が歪んだらしい」
「なんでも景色そのものが曲がって見えるとか……」
「近づいた奴が消えたって話だぞ」
不穏な噂が飛び交う。
受付前では、ギルド職員たちが慌ただしく動いていた。
そして。
掲示板へ、一枚の紙が貼られる。
【南部街道周辺への接近を禁止します】
【原因不明の空間異常を確認】
【一般冒険者は立入禁止】
ミハイルが青ざめた。
「空間異常ってなんですか……?」
「分からん」
俺は即答した。
「だから見に行く必要がある」
「行くんですか!?」
「当然だ」
ヴェルナが深いため息を吐く。
「だと思ったよ……」
止めても無駄。
その顔だった。
「いや待ってください!?」
ミハイルだけが慌てていた。
「原因不明なんですよ!? 危険って書いてありますよ!?」
「だから調査する」
「そういう問題じゃ――」
その時だった。
どしん。
背後で床が揺れる。
白銀の巨体。
ルクス=アルヴァが当然のようについて来ていた。
「お前も来るのか……」
ヴェルナが呆れる。
『……』
「"面白そう"だそうだ」
「神獣がそのノリでいいのかよ」
受付嬢が頭を抱えていた。
「ソロモンさん」
「今回ばかりは本当に危険なんですよ?」
「問題ない」
「問題しか見えないんですが……」
受付嬢はしばらく悩んでいた。
だが。
やがて観念したように深く息を吐く。
「……分かりました」
「どうせ止めても行きますよね?」
「ああ」
即答だった。
受付嬢は引きつった笑みを浮かべる。
「でしたら正式依頼へ変更します」
「南部街道空間異常調査依頼」
「依頼人、冒険者ギルド」
周囲の冒険者たちがざわついた。
「おい正気か?」
「S級案件だろあれ……」
「いや、ソロモンなら行くだろうな……」
受付嬢は依頼書を差し出す。
「……必ず生きて帰ってきてくださいね」
俺は依頼書を受け取った。
「努力はする」
「そこは断言してくださいよ!?」
受付嬢は呆れながらも続けた。
「でも、向かうための馬車が出せませんよ?」
問題は移動手段だった。
「馬車が出せない?」
俺が聞き返す。
受付嬢は困ったように頷いた。
「はい……」
「現在、南部街道方面への移動は禁止されています」
「商人も護衛も全て停止中です」
当然だった。
原因不明の空間異常。
しかも行方不明者まで出ている。
普通なら近づかない。
「徒歩か」
俺が呟く。
ミハイルの顔色が悪くなる。
「えっ」
「ここから南部街道までかなり距離ありますよね……?」
「あるな」
「えっ」
ヴェルナは嫌そうな顔をしていた。
「……面倒臭ぇ」
その時だった。
「おや」
聞き覚えのある声。
振り返る。
そこにいたのはエドだった。
相変わらず胡散臭い笑みを浮かべている。
「随分と面白そうな話をしてるじゃねぇか」
ヴェルナの目が細くなる。
「……お前か」
「どうも」
エドは軽く礼をした。
俺はすぐに口を開く。
「馬車を出せ」
「嫌ですよ」
即答だった。
「危険地帯へわざわざ近づく商人がどこにいる?」
「金なら払う」
「命の方が大事だ」
正論だった。
だが。
俺は少し考え、口を開く。
「空間異常の中で珍味が見つかるかもしれんぞ?」
「それに珍味以外にも、内部で発見した未知素材の優先権もやる」
エドの笑みが少し止まる。
「……ほう?」
「興味あるだろう」
数秒の沈黙。
ヴェルナが嫌そうに呟く。
「乗るなよ……」
エドは静かに笑った。
「本当に厄介な人だな、お前さんは」
数十分後。
馬車は南へ向けて走り出していた。
御者席にはエド。
荷台には俺たち。
そして。
当然のようにルクスもいた。
「狭い……」
ミハイルが潰されかけている。
「なんでルクスまで荷台にいるんだよ…」
ヴェルナが顔を顰めながら言う。
白銀の巨体が荷台の大半を占領していた。
『……』
「"快適"らしい」
「僕は快適じゃないです……」
ヴェルナは壁にもたれながら外を見る。
「……南部街道、か」
空気が変わっていく。
街を離れるにつれ、人影が消えていく。
商人もいない。
旅人もいない。
静かすぎた。
やがて。
遠くの景色が、僅かに歪んで見えた。
「……あれか」
俺は目を細める。
空間が揺れている。
陽炎みたいに。
だが熱ではない。
もっと別の何か。
ミハイルが震えた声を漏らす。
「な、なんですかあれ……」
誰も答えられなかった。
ただ。
馬車だけが静かに、異常へ向かって進んでいく。
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