09.囚われのヴァンパイアハンター
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女ヴァンパイアは数匹のコウモリへと分かれ、一斉に闇へ散った。
羽音すら曖昧なまま、黒い影だけが夜の森へ溶けていく。
「……逃げたか」
俺はその場で立ち止まる。
目を閉じた。
赤外線を利用した探知魔法。
生き物は熱を持つ。
動けば空気が揺れる。
足跡や痕跡にも温度が残る。
森の奥。
岩場の方へ、いくつもの熱源が散っていく。
一瞬だけ静止し、俺はゆっくり目を開いた。
「あっちだな」
歩き出す。
急ぎはしない。
ただ、迷わず一直線。
墓地を抜け、森へ入る。
湿った枝を踏み、細い獣道を越え、やがて岩場へ出た。
足場は悪い。
普通なら追跡しづらい地形だ。
だが、関係ない。
赤外線は誤魔化せない。
岩肌。
木の幹。
草葉。
熱だけが、道を教えてくれる。
途中で、気配が何度か散った。
左右へ分かれ、遠回りし、わざと痕跡を混ぜている。
撒こうとしているらしい。
「無駄だ」
小さく呟く。
やがて視界が開けた。
崖。
その割れ目の奥に、暗い洞窟が口を開けている。
「……ここか」
中から冷たい空気が流れてくる。
湿気。
血の匂い。
それと、わずかに腐臭がする。
俺はそのまま洞窟へ入った。
足音だけが静かに響く。
奥へ進む。
赤外線探知へ複数の反応が映る。
壁際。
天井。
通路の陰。
気配は消している。
呼吸すら抑えている。
だが、体温までは消えない。
「……頑張ってるな」
小さく呟く。
その瞬間。
右上。
影が飛び降りてくる。
鋭い爪。
黒い外套。
先程の女ヴァンパイアだった。
「っ――!」
だが。
俺は振り向かない。
青白い光。
集中した紫外線が、空中を走る。
一瞬だけ、そこだけ昼になる。
「ギッ――!?」
短い悲鳴。
女ヴァンパイアの身体が焼け、焦げた臭いが広がる。
俺はようやく振り返った。
「なんなの、あなた……!」
赤い瞳が揺れている。
さっきまでの余裕は消えていた。
俺は少し考える。
「ただの冒険者だよ」
「ただの冒険者があんな生命を冒涜するようなことするわけないじゃない!!」
失礼なやつだ。
女ヴァンパイアは俺を睨みつける。
「あなたもアンデッドなの!?」
「違う」
「じゃあなんであんなもの作ってるのよ!?」
「事故だ」
「事故で死体融合させる人間がいるわけないでしょうが!!」
騒がしい。
俺は小さく息を吐いた。
「……面倒だな」
次の瞬間。
光。
女ヴァンパイアの悲鳴すら一瞬だった。
灰だけが床へ落ちる。
「次」
そのまま奥へ進む。
途中、何体かヴァンパイアが襲ってきた。
だが、処理は簡単だった。
紫外線。
熱。
崩壊。
洞窟へ灰だけが積もっていく。
やがて、奥に広い空間が見えた。
俺は足を止める。
「……」
鉄格子。
その向こう側に、人影があった。
鎖へ繋がれ、壁へ寄りかかっている。
細身の男だ。
体温は低い。
だが、完全な死体ではない。
ゆっくり顔が上がる。
「……誰だ」
声は低い。
掠れているが、妙に落ち着いていた。
俺は軽く首を傾げる。
「通りすがりだ」
「こんな場所に来る通りすがりがいるか?」
「今いるじゃないか」
数秒の沈黙。
それから男は、小さく鼻で笑った。
「……変人か」
「よく言われる」
俺は格子へ近づく。
男はじっとこちらを見ていた。
警戒している。
でも、敵意だけじゃない。
「お前、人間だろ」
「一応」
「……なんでここまで来た」
「コウモリ追ってたら着いた」
「は?」
「あと、アンデッドが鬱陶しかった」
男が呆れたように目を細める。
「理由が雑すぎるだろ……」
「お前は?」
「ヴァンパイアハンター」
「吸血鬼が吸血鬼狩りとはな」
「……わかるのか?」
「まあな」
男は少し黙る。
「……なら隠しても仕方ないか」
小さく息を吐いた。
「吸血鬼にとっては裏切り者。人間にとっては化け物だ」
「どっちからも嫌われそうだな」
「実際嫌われてる」
即答だった。
少しだけ笑う。
皮肉っぽい笑い方。
でも、嫌いじゃなかった。
「名前は?」
「……ヴェルナ」
「俺はソロモン」
少し空気が緩む。
俺は格子へ手を向けた。
次の瞬間。
鉄格子が赤く染まる。
じゅ、と鈍い音。
炎は出ない。
だが、鉄そのものが内部から焼かれていく。
赤外線による加熱。
格子がゆっくり歪み、溶け落ちた。
続いて、ヴェルナを拘束していた鎖にも手をかざす。
やがて、鎖も砕けた。
「……おい」
ヴェルナの声が低くなる。
「今の、何した?」
「光魔法だよ」
「いや、説明になってない」
「工夫したのさ」
「雑だなお前……」
呆れたように息を吐く。
だが、その時だった。
洞窟の奥から。
ぐちゃり、と音がした。
「……ん?」
肉。
骨。
腕。
脚。
それらが絡み合った巨大な肉塊が、洞窟を這ってきていた。
眼球が無数に蠢く。
歯が軋む。
腐った腕が壁を掴み、異常な速度でこちらへ迫ってくる。
ヴェルナの顔が引き攣った。
「な、なんだあれ……!?」
「……ほう」
俺は少し感心する。
「意外と根性あるやつだな」
「は?」
ヴェルナが固まる。
肉塊はなおもこちらへ進んでくる。
さっきより大きい。
しかも速い。
「なんでこんなものに頷いてんだ……?」
ヴェルナが青い顔で呟く。
俺は肉塊を見ながら答えた。
「俺が作ったからな」
数秒の沈黙。
「…………は?」
ヴェルナが一歩下がる。
その目に浮かんでいたのは、警戒だった。
吸血鬼を見る時より、明らかに強く警戒されてしまった。
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