84.憑依
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宿舎の一室。
机の上には、折れたルクスの角が置かれていた。
青黒い。
だが単なる黒ではない。
まるで満点の星空を切り取ったみたいだった。
吸い込まれそうな深い闇。
その内部で、小さな光の粒が無数に瞬いている。
星みたいだった。
「……綺麗ですね」
ミハイルが思わず呟く。
俺は角へ手を触れながら観察していた。
「常時魔力を吸収しているな」
「見て分かるんですか?」
「分かる」
当然みたいに答える。
ヴェルナは呆れた顔をしていた。
「普通、神獣の角折って研究素材にしねぇんだよ」
俺は少し考えた。
「だがルクスは喜んでいた」
部屋の隅では、ルクスが静かに伏せていた。
藁の上で完全にくつろいでいる。
もはや宿舎の部屋ではない。
『……』
「"快適だ"と言っている」
「馴染みすぎだろお前……」
俺は角の断面へ視線を向ける。
内部構造は異常だった。
結晶のような光の粒。
それらが表面だけでなく断面にまで現れていた。
「生物というより半分鉱石に近いな……」
「その感想でいいのか?」
次に。
俺は採血器具を取り出した。
「次は血液だ」
「待て」
ヴェルナが即座に止める。
「なんでそんな自然に採血しようとしてんだよ」
「研究に必要だ」
「研究者怖ぇ……」
だが。
ルクスは特に嫌がる様子もなかった。
静かに首を差し出す。
『……』
「"構わない"そうだ」
「協力的すぎる……」
採取された血液は淡く発光していた。
赤ではない。
どこか青白い。
夜空の光みたいだった。
俺は興味深そうに観察する。
「集めた魔力を結晶化しているのか?」
その時。
俺がふと思い出したように口を開く。
「そういえば、憑依能力について聞きたい」
ヴェルナが聞き慣れない単語に首を傾げる。
「憑依能力?」
「ああ…」
「他人へ憑依することが可能なのか?」
「ルクスの本体はあの森にいた"光そのもの"だ。今ここにいるのは、この鹿に憑依したことで影響力を抑えているだけにすぎない」
「ほう」
「本来そんなことをすれば生物が耐えられないはずなんだが…」
ミハイルが青ざめた。
「耐えきれないって……」
「最悪壊れる」
さらっと言う。
俺はヴェルナを見る。
「お前ならどうだ?」
「あ?」
「吸血鬼であり、光魔法への適応力もある」
ヴェルナが嫌な予感を覚える。
「待て」
「耐えられる可能性が――」
「待てって言ってんだろ」
次の瞬間。
ヴェルナの手刀が俺の頭へ入った。
ぺしんっ。
「痛い」
「人体実験しようとすんな」
「まだ仮説段階だ」
「段階の問題じゃねぇ」
ミハイルは小さく頷いていた。
「今のはヴェルナさんが正しいですよ…」
俺は気にせず思考を続ける。
「なぜこの鹿は耐えられている?」
視線は静かに神獣へ向く。
あの巨大な力。
異常な魔力。
憑依を受け入れてなお崩壊しない肉体。
普通ではない。
『……』
「"分からない"か…」
ルクスは静かに答える。
『…………』
「"昔から出来ていたため疑問にも思わなかった"」
俺は目を細めた。
「やはり神獣だからか……?」
答えはなかった。
ただ。
ルクスの金色の瞳だけが、静かに揺れていた。
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