77.光
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鹿の角が淡く煌めく。
夜空みたいな光。
そこから魔力波が流れている。
『…………』
「“近づくな”」
俺は短く訳した。
ヴェルナが顔をしかめる。
「だったら帰るか?」
「いや」
俺は森の奥を見る。
暗い。
だが、その奥から確かに流れている。
膨大な魔力波。
いや。
違う。
もっと広い。
もっと根源的な何か。
「行く」
ミハイルがぎょっとした。
「えぇ!?」
「先生、止められてますよね!?」
「だからだ」
「意味わかんないです!」
ヴェルナも深くため息を吐く。
「お前ほんと好奇心で死ぬタイプだな……」
鹿の光が強くなる。
『…………』
今度は先程より強い揺らぎだった。
拒絶。
警告。
恐怖。
「“壊れるぞ”と言っている」
ミハイルが不安そうに森の奥を見る。
「壊れるって……」
だが俺は警告を無視して先へと進む。
「お前たちも来るか?」
「行きませんよ!?」
そして、ある一定の所から…
空気が変わった。
耳鳴り。
視界の歪み。
森全体が白く明滅する。
俺は膝をついた。
「っ、ぁ……!」
頭痛。
吐き気。
平衡感覚が狂う。
周囲の光景が滲み始めていた。
だが。
“見えていた”。
紫外線。
赤外線。
可視光。
魔力波。
それらが暴風のように渦巻いている。
さらに、その奥。
もっと危険な波長。
X線に近い。
いや、それ以上か。
生物へ影響を与えるには十分すぎる出力。
普通の人間なら、近づくだけで壊れる。
だから森の生物は変異した。
茸も。
魔物も。
長年この環境へ曝露され続けた結果だ。
「……なるほど」
俺は小さく呟く。
ゆっくりと立ち上がり、前へと進む。
鹿がこちらを見る。
『…………』
「“なぜ平気だ”」
俺は静かに周囲を見る。
光の流れ。
波長。
干渉。
屈折。
減衰。
「防いでいる」
「は?」
ヴェルナが顔をしかめる。
「何を」
「光だ」
俺は短く答える。
「正確には電磁波だな」
周囲の空気がわずかに揺らぐ。
紫外線を逸らす。
高波長域を減衰。
魔力波を逆位相で中和。
完全ではない。
だが致命量には達していない。
鹿の瞳が細くなる。
『…………』
今度は、明確に驚いていた。
「“理解しているのか”」
「ああ」
俺は頷く。
「観測できる現象は、干渉可能だ」
沈黙。
森が静まり返る。
『…………』
「“何者だ”」
俺は少し考えた。
そして答える。
「冒険者だ」
ヴェルナが頭を押さえた。
「いやそこはもっと他にあるだろ……」
鹿の角が強く輝く。
夜空のような光が揺れる。
『…………』
「“人ではない”と言っている」
「同感です……」
ミハイルが呆れたように呟いた。
俺は鹿を見る。
「俺は人間だ」
『…………』
「“なら、なぜ壊れない”」
「理解しているからだ」
短く答える。
鹿が沈黙する。
風が止まる。
森の音が消える。
しばらくして。
鹿はゆっくりと首を動かした。
森の奥。
魔力波が発生している方向。
そして。
静かに、一歩だけ横へ退いた。
道を開けるように。
ミハイルが目を見開く。
「……え?」
ヴェルナも眉をひそめる。
「おい、まさか……」
鹿の光が揺れる。
『…………』
今度の揺らぎは、拒絶ではなかった。
諦め。
あるいは。
許可。
俺は静かに森の奥を見る。
暗闇のさらに先。
そこに、“何か”がいる。
いや。
“存在している”。
生物ではない。
もっと巨大な現象。
光そのものみたいな何か。
そして。
それもまた、こちらを観測していた。
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