65.毒がある生物は大抵美味い
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朝。
冒険者ギルドの掲示板前は、いつも通り騒がしかった。
人気依頼は早い者勝ちだ。
護衛。
採集。
討伐。
報酬の良い依頼ほど、貼られてすぐ消えていく。
掲示板前では既に言い争いも起きていた。
昨日よほど飲んだのか、未だに酒臭い冒険者たちが朝から騒いでいる。
そんな喧騒の中で。
誰にも剥がされず、端に残り続けている依頼があった。
『西街道付近に出没する岩ダルマオコゼの討伐』
報酬、低め。
危険度、中。
備考欄には乱雑な字で追記されている。
『毒注意』
『転がる』
『硬い』
その依頼書を、俺はじっと見ていた。
周囲の冒険者たちはちらりと視線を向けるが、誰も近寄らない。
明らかな地雷依頼。
そういう空気が漂っていた。
「先生?」
隣でミハイルが首を傾げる。
「それ受けるんですか?」
「受ける」
即答だった。
「いやでも……」
ミハイルは依頼書を見る。
「報酬安いですよ?危険なのに…」
「面倒だから残っている」
俺は依頼書を剥がした。
「つまり、学ぶには丁度いい」
ミハイルは少し感心する。
(なるほど……)
確かに、誰もやりたがらない相手ほど対策が必要になる。
実戦経験としては理にかなっている。
だが。
俺は依頼書を眺めながら、小さく続けた。
「それに興味深い」
「興味?」
「生物は意味なく硬くならん」
俺は真面目な顔で続ける。
「外敵から守る価値があるから防御機構が発達する」
「つまり、身が美味い可能性がある」
「え!?食べる気なんですか!?」
ミハイルの声が思わず裏返る。
周囲の冒険者が一瞬こちらを見た。
俺は気にしない。
「ああ」
「毒があるんですよ!?」
「毒があるのはトゲの部分と、毒腺だけだ。取り除けば問題ない」
「そこまでして食う気なんですか……」
俺は真面目な顔をして続ける。
「俺の経験上、毒がある生物は大抵美味い」
「そうなんですか?」
「毎年死者が出るほど人気だ」
「やっぱり止めときましょうよ!?」
ミハイルは半歩下がった。
だが俺は冷静だった。
「大丈夫だ、何も心配はいらん」
「いや心配しかないんですけど……」
俺は淡々と続ける。
「毒は理解して対処すれば利用できる」
「危険だから避ける、では知識が増えん」
「冒険者は未知へ触れる仕事だ」
その言葉だけ聞くと、妙に説得力があった。
ミハイルも少しだけ「なるほど」と思ってしまう。
だが次の瞬間。
「それに」
俺は依頼書を軽く揺らした。
「ここまで不人気ということは、競争相手も少ない」
「つまり食い放題だ」
「目的そっちじゃないですか!?」
ついにミハイルは叫んだ。
近くの冒険者が吹き出す。
「ははっ、兄ちゃん災難だな」
「そいつ食う気満々じゃねぇか」
「岩ダルマオコゼとか好き好んで狩るやつ初めて見たぞ」
俺は周囲の笑い声を気にも留めず、受付へ向かう。
ミハイルは慌てて後を追った。
(……本当に大丈夫なのか?)
不安しかない。
だが同時に。
少しだけワクワクしている自分もいた。
ソロモン先生は時々、とんでもなく変な方向へ突き進む。
だがその先で、本当に未知のものへ辿り着いてしまう。
だから困るのだ。
受付嬢へ依頼書を差し出しながら、俺は静かに言った。
「西街道の岩ダルマオコゼ討伐、受注する」
受付嬢は一瞬だけ目を丸くした。
「……え、本当にですか?」
「問題あるか」
「い、いえ……受けてくださる分には大変助かります。その、頑張ってください」
どこか“止めたいけど止められない”ような声だった。
俺は気にせず依頼票を受け取る。
そしてそのまま振り返った。
「行くぞ」
ミハイルは小さく息を吐く。
多分。
今日も普通の依頼にはならない。
そんな予感だけは、はっきりしていた。
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