61.ミハイルの思い
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合同実地演習終了後。
各学院の教師陣と学長たちは、臨時会議室へ集められていた。
空気は重い。
誰も軽口を叩かない。
机の上には被害報告書。
変異種の討伐記録。
負傷者一覧。
北部森林区域の簡易地図。
光魔法学院の学院長は静かに資料へ目を通していた。
「……変異種の発生原因は未だ不明」
汎用魔術学院の教師が言う。
「森林区域深部から流入した可能性があります」
「現在、騎士団へ正式調査を依頼中です」
別の教師が続けた。
「生徒側の被害は重軽傷合わせて五名」
「死者はなし」
その言葉に、小さく空気が揺れる。
死者なし。
本来なら、それは喜ぶべき結果だ。
だが。
「……奇跡に近いな」
騎士学院の学長が低く呟いた。
誰も否定しなかった。
報告書には、変異種と遭遇した第七班の記録も残されている。
『変異種との戦闘後、光魔法学院所属ミハイルが重度熱傷を負う』
『その後、救援到着』
『応急処置成功』
『命に別状なし』
学院長は静かに紙を置いた。
「後遺症は?」
「確認されていません」
医療担当教師が答える。
「初期治療が非常に適切でした」
一瞬だけ沈黙。
誰が処置したのか、ここにいる全員が理解していた。
学院長は小さく息を吐く。
「……そうか」
窓の外を見る。
夕陽が学院を照らしていた。
そして小さく呟く。
「やはり、呼んで正解だったか」
その声には、安堵と疲労。
そして少しだけ、複雑な感情が混ざっていた。
一ヶ月後。
学院の日常は、少しずつ戻り始めていた。
講堂には生徒たちの声が響く。
訓練場では光が飛び交う。
以前と同じ景色。
だが。
完全に同じではなかった。
以前より、自分で考える者が増えていた。
教師たちですら、最近は術式構造について話し合うことが増えている。
学院が少し変わっていた。
実験棟。
僕は椅子へ座ったまま、自分の手を見ていた。
熱傷跡はもうほとんど残っていない。
包帯も取れている。
医師からも問題なしと言われた。
だが。
あの日の感覚だけは忘れられなかった。
焼ける痛み。
暴走する光。
死の気配。
「……」
机の上には術式ノートが広がっている。
ソロモン先生の授業内容。
自分の失敗。
改造途中の術式。
何度も書き直した跡。
そしてページの端には、小さく書かれた言葉。
『現場では、生き残ることが最優先だ』
僕は静かに目を閉じる。
あの森を思い出す。
怖かった。
今でも怖い。
だが同時に。
学院の授業だけでは見えなかったものを、自分は確かに見てしまった。
特別講師ソロモン
任期終了まで残り二週間
最初から決まっていたことだ。
皆、知っている。
だから最近、生徒たちの空気も少し違う。
質問が増えた。
授業後に残る者も増えた。
焦っているのだ。
この時間が終わる前に、少しでも吸収しようとしている。
「……二週間か」
僕は小さく呟く。
そして視線を落とした。
僕はどうする?
学院へ残るのか。
安全な場所で学び続けるのか。
それとも。
脳裏に浮かぶのは、森の中を進む背中。
光を語る時の横顔。
誰より危険で。
誰より現場を知っている男。
「……」
僕はゆっくり立ち上がった。
夕方。
実験棟。
扉を開けると、いつものようにソロモン先生が机へ向かっていた。
紙へ何かを書いている。
「……どうした」
視線だけが向く。
僕は少しだけ拳を握った。
緊張している。
だが、もう決めていた。
「僕……学院辞めます」
沈黙。
ソロモン先生は驚かなかった。
ただ静かに僕を見る。
「……そうか」
それだけだった。
「先生について行きたいです」
言葉にすると、不思議と迷いは消えていた。
「現場を見たい」
「もっと知りたい」
「……先生が見てる世界を、僕も見てみたいんです」
ソロモン先生はしばらく黙っていた。
やがて小さく息を吐く。
「おすすめはしないぞ。危険だ。学院に残れば、お前は安全に生きられる」
静かな声だった。
だが僕は首を振る。
「それでもです」
一拍。
「僕、もう知らないままには戻れません」
夕陽が差し込む。
実験棟の中を赤く染めていた。
ソロモン先生はそんな僕を見つめ――
小さく目を細めた。
「……変なところだけ頑固だな、お前は」
その言葉は。
少しだけ、呆れたようでもあり。
ほんの少しだけ。
嬉しそうでもあった。
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