59.奥の手
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逃げる。
その選択肢は、すぐに消えた。
全員が消耗している。
水も最低限。
森の地形も悪い。
何より。
相手は変異種だ。
負傷しているとはいえ、純粋な脚力ならこちらより遥かに上。
逃げ切れる保証がなかった。
「……やるしかない」
シオンが剣を構える。
その声に、全員が反応した。
アレスが前へ出る。
レティアも低く腰を落とした。
フェリクスは杖を握る。
僕だけが、少し遅れて構えた。
変異種が低く唸る。
次の瞬間。
地面を砕きながら突進した。
「来るぞ!!」
シオンが叫ぶ。
アレスが真正面から受け止める。
衝撃。
「ぐっ!!」
重い。
腕が痺れるほどの衝撃。
普通の魔物とは比べ物にならない。
レティアが側面へ回る。
剣撃。
だが浅い。
毛皮と筋肉が硬すぎる。
変異種の尾が横薙ぎに振るわれた。
「っ!」
レティアが吹き飛ぶ。
木へ叩きつけられる。
「レティア!」
僕が反射的に光を放つ。
閃光。
変異種の片目が細まる。
一瞬だけ動きが止まる。
そこへフェリクスの火球。
爆発。
だが。
変異種は止まらない。
炎を突き破るように飛び出してきた。
「チッ!」
シオンが迎え撃つ。
剣がぶつかる。
だが力負けした。
身体ごと弾き飛ばされる。
「速すぎる……!」
アレスが歯を食いしばる。
連携はしている。
昨日までより遥かに良い動きだ。
それでも。
差が大きすぎた。
変異種は教師たちと戦い、生き残った個体だ。
生徒だけで対処できる相手ではない。
少しずつ。
確実に。
第七班は追い詰められていく。
呼吸が乱れる。
体力が削られる。
焦りが広がる。
そして。
最初に崩れたのはアレスだった。
「がっ……!」
変異種の前脚が直撃する。
巨体が吹き飛ぶ。
地面を転がり、木へ激突した。
「アレス!!」
レティアが叫ぶ。
変異種は止まらない。
倒れたアレスへ向かって踏み込む。
とどめ。
誰が見てもそう分かった。
シオンが走る。
だが間に合わない。
フェリクスの詠唱も遅い。
僕は、反射的に前へ出ていた。
脳裏に浮かぶ。
ソロモン先生の声。
『そこはまだ弄るな』
『暴発した場合、お前自身が焼ける』
術式改造の時。
僕が偶然触れてしまった、“危険な構造”。
光を極端に圧縮し、放出する術式。
理論上は成立している。
だが制御が難しすぎる。
ソロモン先生ですら使用を止めた魔法。
(でも……!)
今使わなければ。
アレスが死ぬ。
僕は震える手で術式を展開した。
不完全。
歪。
危険。
それでも強引に起動する。
次の瞬間。
光が、爆ぜた。
白。
いや。
白すら超えていた。
視界そのものが消える。
熱。
衝撃。
轟音。
空気が焼ける臭い。
森全体を揺らすような閃光が、変異種を飲み込んだ。
数秒後。
静寂が落ちる。
煙。
焦げた地面。
そして。
変異種は、完全に沈黙していた。
動かない。
呼吸もない。
完全に意識を失っている。
「……倒した?」
アレスが掠れた声を漏らす。
誰も動けなかった。
だが。
次の瞬間。
「っ……ぁ……!」
苦しそうな声。
僕から出た声だった。
地面へ崩れ落ちる。
腕。
首。
顔。
全身。
まるで炎に焼かれたように、皮膚が爛れていた。
「ミハイル!?」
レティアが駆け寄る。
僕の呼吸は荒い。
熱い。
異常な熱が身体から漏れている。
「なんで……!」
フェリクスが呆然と呟く。
シオンだけが、何が起きたか理解する。
「……魔法の暴発か」
僕は薄れる意識の中で、ぼんやりと思い出していた。
『使い方を間違えれば人を殺すことだってできる』
ソロモン先生の声。
その意味を。
今になって、痛いほど理解していた。
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