58.遭遇
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簡易的な蒸留は成功した。
量は多くない。
透明度も完璧ではない。
だが、水だった。
僕たちは慎重にそれを分け合う。
喉を通った瞬間、全員の表情が少しだけ緩む。
「……生き返る」
アレスが小さく呟いた。
レティアも疲れたように息を吐く。
「まさか魔物の血を飲む日が来るとは思わなかったわ……」
フェリクスは黙ったまま、少量だけ口にする。
シオンが周囲を警戒しながら言った。
「少なくとも、立て直す時間はできた」
空気はまだ重い。
だが、さっきまでの険悪さは少し薄れていた。
生き延びるために動き始めたことで、全員の意識が現実へ戻ったのだ。
僕は小さく空を見上げる。
木々の隙間。
太陽の位置。
ソロモン先生の授業を思い出す。
『太陽は便利だ』
『時間も、方角も、たくさんのことを教えてくれる』
あの時は妙な授業だと思った。
だが今なら分かる。
「……多分、こっちです」
僕が指を差す。
アレスが眉をひそめた。
「分かるのか?」
「完全ではないですけど……」
僕は空を見ながら続ける。
「太陽の位置的に、入口側は多分あっちです」
レティアが地図を広げる。
だが現在地は曖昧だった。
「……賭けるしかないわね」
シオンも頷く。
「止まっていても状況は悪化するだけだ」
方針が決まる。
第七班は再び森の中を進み始めた。
疲労はある。
空腹も消えていない。
それでも、先ほどよりは足取りが安定していた。
しばらく進む。
森は静かだった。
静かすぎるほどに。
その時。
前方の茂みが揺れた。
全員が反射的に止まる。
「……何かいる」
シオンが剣を抜く。
低い唸り声。
重い足音。
木々の奥から、“それ”が姿を現した。
「っ……!」
僕の喉が凍る。
巨大な狼型魔物。
黒ずんだ毛皮。
異常な体格。
片目は焼け潰れている。
全身も傷だらけだった。
だが。
その威圧感だけは全く衰えていなかった。
「変異種……!」
レティアの声が震える。
教師たちと戦っていた個体。
あの変異種だ。
「なんでここに……!」
アレスが剣を構える。
変異種は低く唸る。
片目だけで、こちらを睨んでいた。
逃げる気配はない。
むしろ。
森の奥側へ回り込むように位置を変える。
まるで。
こちらを逃がさないように。
「……最悪だな」
シオンが小さく呟く。
誰も否定できなかった。
教師たちですら苦戦していた相手。
それが今、自分たちの前にいる。
しかも。
逃げ道を塞ぐように立っている。
変異種の口元から、赤黒い液体が垂れる。
呼吸は荒い。
傷も深い。
だが。
だからこそ危険だった。
追い詰められた獣の目をしている。
「どうする……?」
アレスが低く言う。
誰もすぐには答えられなかった。
変異種が、一歩前へ出る。
地面が軋む。
僕は震える手を握り締めた。
逃げるか。
戦うか。
その選択を迫られていた。
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