56.生きるため
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猿型魔物たちは速かった。
木々の上を飛び回り、枝から枝へ移動していく。
「くそっ、待て!」
アレスが叫ぶ。
だが距離は縮まらない。
むしろ少しずつ離されていく。
僕は息を切らしながら走っていた。
足場は悪い。
木の根。
ぬかるみ。
視界も悪い。
それでも必死に追いかけた。
だが。
数分後。
「……見失った」
シオンが低く呟いた。
森は静かだった。
猿型魔物の気配はもうない。
枝が揺れる音すら消えている。
アレスが舌打ちした。
「クソが……!」
レティアは周囲を警戒しながら、小さく息を吐く。
「……荷物は」
フェリクスが短く答える。
「全部」
沈黙。
空気が重くなる。
食料。
飲水。
予備装備。
最低限の生存物資。
全部持っていかれた。
僕の喉が小さく鳴る。
(どうするんだ……これ)
森の奥。
演習ルートからも外れている。
教師たちとも離れた。
状況だけ見れば、かなり危険だった。
「追いかけたのは失敗だったわね」
レティアが静かに言う。
アレスが振り返る。
「仕方ねぇだろ! 物資全部持ってかれたんだぞ!」
「だからって隊列崩して森の奥まで来る必要あった!?」
「じゃあ見逃せって言うのかよ!」
声が荒くなる。
シオンが眉をひそめた。
「今揉めても意味はない」
「ならお前は何か案あるのか?」
「少なくとも感情で動くべきではなかった」
空気がさらに悪くなる。
フェリクスは黙ったまま。
僕も何も言えない。
正論は分かる。
だが誰も余裕がない。
焦り。
疲労。
不安。
それが少しずつ全員を削っていた。
「……まず、水源探しましょう」
レティアが無理やり話を戻す。
誰も反対しなかった。
だが空気は重いままだった。
しばらく歩く。
森は深い。
静かすぎるほど静かだった。
そして。
喉の渇きが、少しずつ現実味を帯び始める。
その時。
茂みが揺れた。
反射的に全員が構える。
飛び出してきたのは、小型の鹿型魔物だった。
警戒心は薄い。
こちらへ気づいた瞬間、逃げようとする。
だが。
シオンの剣が先に届いた。
一閃。
魔物が崩れ落ちる。
静寂。
誰もすぐには動かなかった。
アレスが苦い顔をする。
「……肉、食うか?」
レティアが視線を逸らす。
「火も水もない状態で?お腹を壊すに決まってるでしょ…」
フェリクスも黙ったままだ。
僕は倒れた魔物を見る。
脳裏に浮かぶ。
ソロモンの授業。
『生き残るためなら、使えるものは全部使え』
『水源が近くにないなんてことはよくある』
『そんなときは周りにあるものから水分を摂取するといい』
『その場合は念のため煮沸消毒、ろ過、殺菌を忘れるなよ』
あの時は意味が分からなかった。
だが今なら分かる。
僕はゆっくり口を開いた。
「……水なら、作れるかもしれません」
全員の視線が向く。
「は?」
アレスが眉をひそめる。
僕は少し迷いながら続けた。
「血液って、大半は水分なんです」
「だから……ろ過できれば」
一瞬、沈黙。
レティアが目を細めた。
「待って」
「あなた、何言ってるの?」
「えっと……」
僕自身も少し混乱していた。
こんな発想、以前の自分なら絶対出てこない。
だがソロモンの授業を受けてから、“光魔法でできること”の考え方が変わっていた。
「光で熱を加えれば蒸発できます」
「その蒸気を冷やせば、水だけ取り出せるかもしれません」
アレスが嫌そうな顔をする。
「いや待て」
「それ飲むのか?」
「……飲まないよりはマシかと」
空気が微妙になる。
だが。
誰も否定しきれなかった。
喉は確実に乾いている。
この森で水源を探せる保証もない。
レティアが長く息を吐いた。
「……やるしかないわね」
僕は小さく頷く。
そして。
震える手で、光を作り出した。
白くない。
熱だけを持たせた赤外寄りの光。
ソロモンが見せたものを、必死に思い出す。
魔物の血液へ熱を加える。
じわり、と湯気が上がった。
「本当にやるのかよ……」
アレスが引き気味に呟く。
僕は答えない。
必死だった。
失敗すれば終わる。
だから集中する。
熱。
蒸発。
冷却。
見よう見まね。
術式も不安定。
それでも。
やがて。
簡易的に組んだ容器の内側へ、水分が生まれた。
「……できた」
僕自身が、一番驚いていた。
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