52.第七班
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演習前日。
学院の寮は、いつもより静かだった。
廊下を歩く生徒たちの顔も、どこか硬い。
浮かれている者もいる。
緊張している者もいる。
だが全員に共通しているのは、“明日から本物の現場へ行く”という実感だった。
僕は自室の机に向かっていた。
机の上にはメモ用紙。
術式ノート。
簡易回復薬。
保存食。
予備の杖。
何度も確認した荷物を、また確認する。
(大丈夫か)
手が止まる。
不安は消えない。
むしろ日に日に増している気さえした。
他校の生徒。
危険区域。
三日間の野営。
訓練場とは違う。
失敗すれば、本当に怪我をする。
最悪、死ぬ。
窓の外を見る。
夜だった。
学院の灯りだけが静かに揺れている。
ふと、前の授業を思い出す。
『光は便利だ』
『だが、人間相手に使えば簡単に凶器になる』
ソロモン先生の声。
そして。
実際に見せられた、強烈な閃光。
目を閉じていても焼き付くほどの白。
数秒間、視界が完全に奪われた。
『前方に高出力の可視光を集中させるだけだ』
『簡単だろう?』
簡単に言っていた。
だが。
『扱いを間違えれば失明する』
その言葉だけは、やけに静かだった。
僕は自分の手を見る。
魔法は便利だ。
綺麗だ。
だが同時に、危険だ。
ソロモン先生はそれを隠さなかった。
(……怖いな)
正直な感想だった。
それでも。
逃げたいとは思わなかった。
少しだけでも、“現場”を知りたいと思ってしまっている。
それが自分でも不思議だった。
翌朝。
今回の演習の舞台である森の入り口に、全演習参加者が集められていた。
空気は重い。
教師陣も普段より厳しい顔をしている。
前方へ学園長が立った。
「これより合同実地演習の班分けを発表する」
一瞬で静かになる。
「各班五名構成」
「前衛三名、攻撃魔術一名、補助一名」
紙を確認しながら、淡々と名前を読み上げていく。
「第一班――」
次々と班が決まっていく。
僕は無意識に手を握っていた。
「第七班」
呼ばれる。
「前衛、騎士学院所属、アレス」
金髪の大柄な男子生徒が軽く手を上げた。
見るからに前衛型。
「前衛、騎士学院所属、レティア」
短髪の女子生徒。
鋭い目をしている。
「前衛、聖騎士学院所属、シオン」
白い制服の男子生徒が静かに頷く。
空気が少し違う。
聖騎士学院特有の張り詰めた雰囲気。
「攻撃魔術担当、汎用魔術学院所属、フェリクス」
細身の男子生徒。
杖を抱えたまま軽く会釈する。
「補助担当、光魔法学院所属――ミハイル」
心臓が少し跳ねた。
周囲の視線が集まる。
僕は慌てて返事をする。
「は、はい!」
「以上を第七班とする」
学園長は続ける。
「引率教師は三名」
「光魔法学院より、ラスモディウス教官」
「騎士学院よりガレス教官」
「汎用魔術学院よりエルフィナ教官」
後方に立っていた教師たちが前へ出る。
騎士学院の教師は巨大だった。
鎧姿のまま腕を組んでいる。
汎用魔術学院の女性教師は、逆に静かな雰囲気を持っていた。
「なお」
学院長の声が響く。
「これは訓練だ」
一拍。
「だが、安全な遊びではない」
講堂が静まる。
「危険と判断した場合、教師が介入する」
「だが、全てを守れる保証はない」
「現場では、自分の命は自分で守れ」
その言葉は重かった。
僕は小さく息を吐く。
隣では、他校の生徒たちが既に軽く会話を始めていた。
自信に満ちている者。
落ち着いている者。
余裕そうな者。
自分だけが場違いに思えた。
(……大丈夫かな、僕)
不安は消えない。
だが。
講堂後方の壁際。
そこに立っている男の姿が目に入る。
ソロモン先生。
腕を組み、無表情でこちらを見ていた。
一瞬だけ目が合う。
ソロモン先生は何も言わない。
ただ、小さく顎を引いた。
それだけだった。
なのに。
少しだけ呼吸が楽になる。
(……やるしかないか)
僕は小さく拳を握った。
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