50.合同演習に向けて
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翌日の講堂は、どこか空気が違っていた。
普段よりざわつきが大きい。
教師陣の表情も硬い。
前方に立つラスモディウスが、生徒たちを見回した。
「静かにしろ」
一瞬で私語が止まる。
僕も姿勢を正した。
ラスモディウスは淡々と告げる。
「三ヶ月後、他校との合同実地演習を実施する」
その瞬間。
講堂がざわついた。
「合同演習?」
「他校って、聖騎士学院のやつらも来るのか?」
「実地って何するんだ?」
声が飛び交う。
ラスモディウスは気にせず続けた。
「場所は北部森林区域」
「期間は三日」
「教師が同行する」
一拍。
「なお、実際の危険区域で行う」
空気が変わった。
先ほどまでの軽いざわめきが消える。
「……危険区域?」
「マジかよ」
「演習ってレベルじゃないだろ……」
不安が広がっていく。
僕も思わず息を呑んだ。
北部森林区域。
学院の外。
実際に魔物が出現する地域。
訓練場とは違う。
本物の現場だ。
「目的は実戦経験だ」
ラスモディウスの声は変わらない。
「現場では教本通りに状況は動かん」
「各自、それまでに十分な準備をしておけ」
説明は短かった。
だが、それだけで十分だった。
講堂の空気は完全に変わっている。
期待。
不安。
緊張。
様々な感情が混ざっていた。
その中で。
僕だけは、別のことを考えていた。
(……僕、大丈夫なのか)
自分の光魔法を思い出す。
まだ安定しない。
術式改造も失敗ばかり。
実戦経験など当然ない。
そんな自分が、他校の優秀な生徒たちと一緒に危険区域へ行く。
(足を引っ張るんじゃないか)
その考えが、頭から離れなかった。
放課後。
校舎裏の実験棟。
僕は扉の前で立ち止まっていた。
中から、微かな光が漏れている。
深呼吸。
そしてノックした。
「入れ」
いつもの声。
僕は扉を開ける。
中ではソロモン先生が何かを書いていた。
「……どうした」
視線だけが向く。
僕は少し迷ったあと、口を開いた。
「合同演習の話、聞きました」
「そうか」
「僕……」
言葉が詰まる。
だが、ここで引き返したくなかった。
「僕、今のままだと多分駄目です」
ソロモン先生は何も言わない。
「他の人たちはちゃんとしてるのに、僕だけ全然で」
「実戦なんて行ったら、多分足引っ張ります」
沈黙。
ソロモン先生はペンを置いた。
「それで?」
僕は顔を上げる。
「……生き残る方法を教えてください」
一瞬だけ静寂が落ちた。
ソロモン先生は僕を見る。
観察するような視線。
「お前は強くなりたいのか?」
「……分かりません」
僕は正直に答えた。
「でも、死にたくないです」
「誰かを危険に巻き込みたくもない」
ソロモン先生は小さく目を細めた。
「それなら十分だ」
「え?」
「現場では、“死にたくない”は重要な感情だ」
ソロモン先生は立ち上がる。
「慢心より遥かにマシだ」
窓の外を見る。
夕陽が差し込んでいた。
「いいだろう」
僕の目が少し開かれる。
「放課後少しだけなら付き合ってやる」
「ただし」
一拍。
「俺は優しく教えんぞ」
「はい!」
即答だった。
ソロモン先生は少しだけ呆れたように息を吐く。
「まず、お前は“綺麗な魔法”を捨てろ」
「……え?」
「現場で必要なのは見栄えじゃない」
「生き残ることだ」
ソロモン先生は実験台の上に置かれていた小型ランプを持ち上げる。
「例えば暗闇」
部屋の光が、ふっと落ちた。
完全な暗闇ではない。
だが、ほとんど何も見えない。
「……え?」
ミハイルは目を凝らす。
何も見えないはずなのに、なぜか“輪郭”だけがある。
机の位置。
壁の距離。
人の影。
ぼんやりと、世界が薄く浮かんでいる。
「これは……?」
声が漏れる。
ソロモンの声が、暗闇の中から返る。
「紫だ」
「紫……?」
「可視光の端だ」
静かに続く。
「人間が“紫”として認識できる限界の少し下」
「ほとんど知覚できないレベルで広げている」
ミハイルは目を細める。
確かに光はある。
だが、ほぼ見ることはできない。
「普通の光球は目立つ」
「だがこれは違う」
ソロモンの声は淡々としていた。
「環境全体に薄く混ぜる」
「見える者には見える」
「だが、発していることには気づきにくい」
ミハイルは息を呑む。
「つまり……見えない光?」
「そうとも言える」
一拍。
「現場では、明るさは利点ではない」
「状況によっては“見えないこと”が武器になることもある。覚えておけ」
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