48.個別指導
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実験室の空気は静かだった。
普段の講堂とは違う。
机の上には大量の紙束。
術式図。
教本の複写。
使い古されたメモ。
そして、その中央で僕は頭を抱えていた。
「……違う」
光球が歪む。
数秒後、霧散した。
ソロモン先生は少し離れた位置で椅子に座っている。
本を読みながら。
こちらを見てもいない。
「もう一回やります」
「好きにしろ」
返事は淡白だった。
だが、止めもしない。
僕は机へ広げられた術式を睨む。
基本光球。
照明用。
指向型。
収束型。
色々な術式を並べて見比べていた。
(なんで形が違うんだ……?)
以前なら気にもしなかった。
教本に載っているものを、そのまま覚えるだけだったからだ。
だが今は違う。
ソロモン先生の授業以降、術式を見るたびに考えてしまう。
なぜこの形なのか。
なぜここだけ違うのか。
何の意味があるのか。
もちろん、答えは分からない。
だから試すしかなかった。
「……ここを変えたらどうなるんだ?」
小さく呟きながら、術式の一部を書き換える。
発動。
一瞬だけ光る。
その直後。
光球が不自然に膨れた。
「っ!?」
危険な揺らぎ。
その瞬間。
パキン、と空中で音が鳴る。
暴走しかけた光が消滅した。
ソロモン先生が片手を下ろす。
「そこは触るな」
視線は本のまま。
「出力が崩れる」
「……はい」
僕は小さく頷く。
再び術式を書き換える。
今度は発光すらしない。
「なんでだよ……」
思わず声が漏れる。
ソロモン先生は本を閉じた。
「どこを変えた」
「ここです」
僕は術式を指差す。
「なんか、この辺だけ他の術式と違ったんで……」
「だから他と似せればどうなるかと思って」
ソロモン先生は術式を見る。
「理屈は悪くない」
そう言って机へ近づいた。
術式の一部を指で叩く。
「だが、そうするとここで止まる」
僕は眉をひそめた。
「……分からないです」
「当然だな」
ソロモン先生は即答した。
「分かりやすく作られていない」
「術式は“読ませる”ためのものじゃない」
「現象を発現するためのものだ」
僕は紙を見つめる。
意味不明な記号の羅列にしか見えない。
なのに、ソロモン先生には“意味”として見えているらしかった。
「術式って……全部意味あるんですか」
「ある」
「人間には分かりにくいだけだ」
一拍。
「だから危険なんだ」
ソロモン先生は椅子へ寄りかかった。
「意味も分からず弄れば、何が起きるか分からん」
「最悪、死ぬ」
僕の背筋が冷える。
実際、さっきの暴走もかなり危なかった。
「……先生は、どうやって理解したんですか」
その問いに、ソロモン先生は少しだけ黙った。
「観察だ」
「光がどう動くか」
「術式で何が変わるか」
「失敗するとどうなるか」
「延々と試した」
静かな声だった。
「既存術式では限界があった」
「俺が再現したかった魔法は、既存の構造じゃ非現実的だった」
僕は顔を上げる。
「だから、新しく作った」
「……え?」
「術式そのものを再構築した」
あまりにも自然に言われて、理解が追いつかなかった。
術式は“覚えるもの”だと思っていた。
作るなんて発想自体がなかった。
「昔の人間も同じだ」
「最初から術式が存在したわけじゃない」
「誰かが自然現象を観察し、形にした」
「だから今がある」
ソロモン先生は術式紙を一枚持ち上げる。
「これは完成品じゃない」
「ただの途中経過だ」
僕は紙を見つめる。
急に、教本の術式が違って見えた。
絶対の正解じゃない。
誰かが作ったもの。
積み重ねの結果。
「俺にできた」
ソロモン先生は淡々と言う。
「昔の人間にもできた」
一拍。
その視線が、初めて僕へ向いた。
「なら、お前にもできるかもしれんぞ?」
僕は息を呑んだ。
無責任な励ましではない。
本気でそう考えている声だった。
ソロモン先生は再び本を開く。
「まぁ、まずは派手な変更はしないことだな。理解せずに弄ると爆発する」
「……先生、それ実体験ですか?」
「三回ほど死にかけた」
「やっぱり!!」
僕は思わず叫んだ。
ソロモン先生は気にした様子もなくページをめくる。
「続けろ」
実験室には再び静けさが戻る。
だが僕の中では、何かが少しずつ変わり始めていた。
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