05.イカスミパスタ
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夕暮れの街は、昼より少し静かだった。
露店を片付ける音。
遠くで聞こえる笑い声。
焼けた石畳が、まだ少し熱を持っている。
俺は紙袋を片手に歩いていた。
中身は香草と乾麺。
ついでに安いチーズも少し。
今日の稼ぎは悪くない。
だから晩飯くらいは多少まともにする。
「……さて」
借りている部屋へ戻る。
狭い。
木造。
壁は薄い。
だが、一人で住むには十分だった。
机。
椅子。
小さな棚。
窓際では、木箱の中で蛇が丸まっている。
俺が戻ると、少しだけ頭を持ち上げた。
「お前の飯じゃないぞ」
適当に言いながら、今日捕獲したミニクラーケンを机へ並べる。
青白い半透明の身体。
触手はまだ微妙に動いていた。
「鮮度は良いな」
ナイフを入れる。
柔らかい感触。
墨袋を慎重に取り出す。
どろり、とした黒い液体が小皿へ落ちた。
ランプの灯りを受け、不気味に光る。
「……綺麗だ」
さらにナイフを滑らせる。
ぐちゅ、と嫌な音。
ミニクラーケンの目玉をえぐり出した。
半透明の球体が、青白く光を反射している。
ぷるぷる揺れていた。
「悪くない」
皿へ並べる。
まるで宝石だった。
鍋へ油を落とす。
ニンニク。
香草。
刻んだ触手。
じゅう、と音が鳴る。
そこへ墨を投入。
一瞬で鍋の中が真っ黒になった。
夜みたいな色だった。
茹で上がった麺を放り込み、絡める。
黒い。
笑うくらい黒い。
だが今回は、それだけじゃない。
俺は別皿へ視線を向けた。
そこには、ほぼ原型を保ったミニクラーケン本体。
触手付き。
吸盤付き。
頭付き。
軽く炙っただけ。
まだ微妙に動いている。
「……こっちを中央か」
黒いパスタを皿へ盛る。
その中央へ、ミニクラーケン本体をどん、と乗せた。
さらに。
えぐり出した目玉を配置する。
左右。
バランス良く。
「おお」
妙な完成度だった。
黒いパスタが触手みたいに広がり、その中心でミニクラーケンが鎮座している。
まるで。
お洒落に目覚めたミニクラーケンそのものだった。
最後にチーズを振りかける。
白い粉が黒へ落ちる。
結果。
余計に邪悪になった。
「……芸術点は高いな」
その時だった。
コンコン。
ドアがノックされる。
「ソロモンさん? なんか凄い臭いしてません?」
隣人だった。
「イカスミだ」
「いや絶対それだけじゃ――」
ガチャ。
ドアが開く。
そして。
「…………」
隣人が固まった。
机の上。
真っ黒なパスタ。
中央で鎮座するミニクラーケン。
ゆっくり動く触手。
青白く光る目玉。
墨まみれの皿。
完全に邪悪な儀式だった。
「…………何してるんですか?」
「イカスミパスタだ」
「違う!! そこじゃない!!」
隣人が半歩下がる。
顔が引き攣っていた。
「なんで目玉乗ってるんですか!?」
「見栄えが良い」
「どこの価値観ですかそれ!?」
騒がしい。
俺は気にせずフォークを突き刺した。
直後。
ぐにゃり、と触手が動く。
「ひっ……!?」
隣人が本気で怯えた。
「まだ動いてるんですけど!?」
「鮮度が良いからな」
「怖い怖い怖い怖い!!」
普通の人間なら食欲を失う光景だろう。
だが。
一口食う。
濃厚だった。
墨の旨味。
香草の香り。
歯応え。
そして僅かに残った生肉の食感。
「……当たりだな」
かなり美味い。
蛇ですら木箱の奥へ引っ込んでいる。
俺は黒いソースを絡めながら、小さく息を吐いた。
「やっぱりミニクラーケンは優秀だ」
「料理への感想じゃないですよねそれ!?」
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