46.危険性
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座学講堂。
黒板代わりの大型投影板の前に、ソロモン先生は立っていた。
生徒たちは以前より静かだった。
理由は単純だ。
この教師は、何をするか分からない。
そして実際に、“見たことのないもの”を見せてくる。
だから誰も気を抜けない。
ソロモン先生は投影板へ光を向ける。
空中へ、複雑な術式図が浮かび上がった。
「これが、お前たちが現在使っている標準光球術式だな」
見慣れた形だった。
教本にも載っている、基本中の基本。
生徒たちも何度も見ている。
次の瞬間。
その隣へ、別の術式が浮かぶ。
ざわつきが起きた。
「……長い」
「なんだこれ」
「同じ光魔法か?」
形が違いすぎた。
標準術式より複雑。
枝分かれした構造。
無数の補助式。
まるで別物だった。
「こっちが俺の使っている術式だ」
ソロモン先生が言う。
「当然だが、術式の記号には意味がある」
投影された一部が光る。
「これは出力制御」
「これは指向性調整」
「これは波長指定」
「これは拡散防止」
生徒たちの表情が変わっていく。
“暗記するもの”だった記号が、初めて意味を持ち始めていた。
「人間には分かりにくくなっているだけで、術式はただの現象制御だ」
「だから比較すれば、何をしているか推測できる」
ソロモン先生は二つの術式を並べる。
「違いを見る癖をつけろ」
「なぜこの記号が追加されている?」
「なぜここを省略している?」
「なぜここだけ構造が違う?」
静かな声。
だが、生徒たちは真剣に見ていた。
「意味を理解すれば、自分で術式を調整できるようになる」
「出力効率を上げることも可能だ」
「別系統へ変質させることも理論上はできる」
その瞬間。
教師陣の空気が少し変わった。
後方でラスモディウスが眉をひそめる。
危険な領域の話だからだ。
ソロモン先生は気にせず続ける。
「ただし」
一拍。
「理解しないまま弄ると死ぬ」
講堂が静まり返る。
「術式暴走」
「誤照射」
「魔力逆流」
「人体発火」
「脳損傷」
「眼球破裂」
淡々とした口調で並べられる単語。
怖い。
なのに妙に現実感がある。
「教師が細かい部分を教えたがらない理由はそこだ」
「結果を想像できない魔法は事故に繋がる」
「最悪、自分だけでは済まない」
僕は思わず喉を鳴らした。
ソロモン先生は投影板を消す。
「だから、お前たちの死に責任は持てん」
普通なら、そこで終わる話だった。
だが。
「……とはいえ、それでは授業にならん」
ソロモン先生は新しい術式を展開する。
先ほどよりずっと短い。
「これは俺が普段使っている術式の一部を、安全用に調整したものだ」
「危険性は低い」
「人体への影響もほぼない」
生徒たちがざわつく。
「実際に使ってみろ」
「使用感で理解した方が早い」
空中に、複数の術式が浮かび上がる。
配布用。
簡略化されたもの。
僕は恐る恐る術式を見る。
ソロモン先生は淡々と言う。
「試してみろ」
僕は小さく息を吸い、術式を発動する。
光球が生まれる。
いつも不発ばかりしていた僕の魔法が…
「軽い……?」
いつものすぐに消えてしまう光球より、明らかに魔力消費が少なく、制御がしやすかった。
しかも。
「眩しくない?」
「でも見えるぞ」
周囲の生徒たちも困惑している。
光量はある。
なのに目が痛くない。
ソロモン先生が説明する。
「人間が強く眩しいと感じる帯域を少し外してある」
「必要な可視性だけを残した」
「夜間行動向けだ」
僕は光球を見つめる。
同じ“光魔法”なのに。
こんなにも感覚が違う。
「術式は完成品じゃない」
ソロモン先生は静かに言った。
「ただの設計図だ」
「理解すれば、目的に合わせて変えられる」
一拍。
「それが、“現象を扱う”ということだ」
講堂は静まり返っていた。
もはや生徒たちは、“教本を覚える授業”だとは思っていなかった。
今、自分たちは。
光魔法という未知の分野を、初めて覗き込んでいる。
そんな感覚だけが、確かにそこにあった。
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