45.実技
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次の授業は、実技訓練場で行われた。
普段なら術式演習に使われる広い空間。
だが今日は、机の上に妙なものが並んでいる。
金属板。
黒い布。
虫籠。
ガラス筒。
水。
そして見慣れないレンズ状の道具。
生徒たちはざわついていた。
「なんだあれ……」
「また実験か?」
特に虫籠が嫌だった。
中で黒い羽虫が飛び回っている。
ソロモン先生はいつも通り無表情のまま教壇代わりの机へ立った。
「今日は“光を理解すると何ができるか”の話をする」
短い説明。
「術式を覚えるだけなら教本でいい」
「だが、現場では応用が必要になる」
そう言いながら、ソロモン先生は金属板へ手を向ける。
淡い光。
次の瞬間。
金属板の一点が赤く染まった。
ジジッ、と音が鳴る。
「赤外線」
ソロモン先生が淡々と言う。
「人間には見えないが、熱を伝える光だ」
生徒たちが目を見開く。
金属板は見る間に赤熱していく。
「可視光だけを強めても熱効率は悪い」
「加熱したいなら、熱として作用しやすい波長を使った方が早い」
「鍛冶、調理、拷問、破壊工作で役立つ」
「物騒!!」
誰かが反射的に叫んだ。
ソロモン先生は気にしない。
「逆も可能だ」
今度は光球を生成する。
かなり明るい。
だが。
「……熱くない?」
前列の生徒が戸惑う。
「熱をほとんど持たない可視光だ」
「照明用途ならこちらの方が効率が良い」
教師陣の一部が小さくざわつく。
既存術式では、光と熱はほぼ一体だった。
分離して考える発想自体が珍しい。
ソロモン先生は次に、虫籠を持ち上げた。
中では羽虫が飛んでいる。
「紫外線」
淡い光が虫籠へ向けられる。
見た目には変化がない。
「人体への過剰照射は危険だが、微生物を破壊できる」
「水の浄化、器具の洗浄、傷口の消毒に利用可能」
僕は少し眉をひそめる。
「微生物……?」
「見えないほどに小さな生物だ」
生徒たちが顔を見合わせる。
ソロモン先生は机の上のレンズを持ち上げた。
「光は曲げられる」
「集めることもできる」
レンズ越しに紙を映す。
文字が大きく見えた。
「屈折率を利用した観測補助だ」
「さらに拡大すれば、肉眼では見えないものも見える」
「腐敗も病気も、“見えないほど小さな存在”が関わっている」
静寂。
あまりにも異質な話だった。
ソロモン先生は続ける。
「あと、これは便利だ」
訓練場の照明が落とされる。
薄暗くなる。
その中で、ソロモン先生は紫色の光を壁へ向けた。
「うわっ!?」
壁に無数の跡が浮かび上がる。
手形。
液体の跡。
擦れた痕跡。
「ブラックライト」
「特定物質への反応観測に使える」
「追跡、捜索、犯罪調査向けだ」
生徒たちは完全に呆気に取られていた。
もう“普通の光魔法”の授業ではない。
僕の中でも、光の定義が崩れ始めていた。
そして。
ソロモン先生は虫籠を開ける。
「……え?」
嫌な予感。
羽虫を一匹捕まえる。
小型の甲虫だった。
「野外では食料確保も重要だ」
ソロモン先生は虫へ赤外線を照射する。
小さく焦げる音。
さらに紫外線。
「加熱」
「殺菌」
そのまま。
食べた。
講堂が静まり返る。
「…………」
僕は固まった。
数秒遅れて、後方から悲鳴が上がる。
「うわぁ!?」
「食った!?」
「マジで!?」
女子生徒が青ざめている。
教師陣まで沈黙していた。
ソロモン先生は普通に咀嚼しながら言う。
「高タンパクだ」
「極限環境では有用」
「見た目はアレだか、味は悪くない」
「嫌です!!」
今度はかなり大きな悲鳴だった。
ソロモン先生は本気で不思議そうな顔をする。
「飢えて死ぬよりはマシだろう」
僕は思った。
(この人、やっぱりちょっとおかしい)
だが同時に。
今まで誰も教えてくれなかった“現場の知識”が、そこには確かに存在していた。
ソロモン先生は最後に小さく言った。
「光は照らすだけのものじゃない」
「理解すれば、生存率が大きく変わるものになる」
訓練場には、生徒たちのドン引きした空気だけが残っていた。
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