44.ソロモン先生
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僕はとある一点を眺めていた。
視線の先。
窓際の机に、ソロモン先生が一人で座っている。
机の上には、授業で使っていたガラス板と鏡。
ソロモン先生はそれをぼんやり眺めていた。
(聞くなら今か……?)
少し迷う。
だが、このまま戻っても、きっと頭の中のモヤモヤは消えない。
僕は小さく息を吸い、ソロモン先生へ近づいた。
「あの……先生」
「ん?」
ソロモン先生は顔を上げる。
相変わらず感情の薄い表情だった。
「自然の光には、もっと色々なものが含まれてるって言ってましたよね」
「言ったな」
「……どうして、そんなことが分かったんですか?」
一瞬だけ、ソロモン先生の手が止まる。
だが、それだけだった。
「観測したからだ」
「観測……?」
僕は首を傾げる。
ソロモン先生は窓の外へ視線を向けた。
午後の日差し。
中庭の噴水。
水面に反射する白い光。
「同じ水面でも、時間帯で光り方が違う」
「晴れの日と曇りの日でも違う」
「夕方は赤くなる」
「霧の日は輪郭がぼやける」
淡々とした声。
「なら、“何が違うのか”を考える」
僕は黙って聞いていた。
「人間は、見えているものを“当たり前”として処理する」
「だが、本当はそこに理由がある」
「虹もそうだ」
「最初から“虹”として存在していたわけじゃない」
「誰かが、光が分かれていることに気付いた」
一拍。
「多分、暇だったんだろうな」
「え?」
思わず変な声が出た。
ソロモン先生は本気で言っていた。
「人類の発見なんて、大体そんなものだ」
「空を見ていた」
「石を落とした」
「光を通した」
「変だと思った」
「だから調べた」
ソロモン先生は机の上のガラス板を軽く叩く。
「理解というのは、“違和感を放置しないこと”だ」
僕は少しだけ目を見開く。
今までの教師たちは、“正しい答え”を教えていた。
だが、この男は違う。
答えより先に、“疑問”の話をしている。
「……でも」
僕は少し視線を落とす。
「僕、教本通りにやっても上手くできなくて…」
「だから余計なこと考えるなって、よく怒られるんです」
「そうか」
ソロモン先生はあっさり頷いた。
「なら、お前は向いているのだろう」
「……え?」
意味が分からず、僕は固まる。
ソロモン先生は窓の外を見たまま続けた。
「疑問を持てる人間は少ない」
「大半は、“そういうもの”で終わる」
「だから術式だけを覚える」
一拍。
「だが、それでは新しい現象には辿り着けない」
風が吹く。
窓から入った光が少しだけ揺れる。
「理解できないなら観察しろ」
「失敗するなら比較しろ」
「違いを探せ」
「その繰り返しだ」
僕は言葉を失っていた。
初めてだった。
“できないこと”を否定されなかったのは。
ソロモン先生はそこで、ふと思い出したように付け加える。
「あと、教本通りにできない理由にも種類がある」
「……種類?」
「単純に練習不足の馬鹿もいる」
「っ……」
「お前はどっちだ?」
僕は一瞬だけ詰まる。
だが。
「……分かりません」
正直に答えた。
ソロモン先生は小さく頷く。
「なら、まだ考えている途中だな」
その言葉だけで。
僕の胸の中にあった重さが、少しだけ軽くなった気がした。
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