43.反応
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講堂を出たあとも、生徒たちのざわめきは止まらなかった。
「見たか今の」
「虹だよな?」
「いや、虹って魔法で作れるのか?」
「っていうか俺たちの光、偽物扱いされてなかったか?」
廊下では興奮した声が飛び交っている。
普段の授業後とは明らかに空気が違った。
ミハイルも、まだ頭の整理が追いついていなかった。
(自然の光に似せただけの魔力現象……)
あの言葉が頭から離れない。
教本には書かれていなかった。
教師たちも言わなかった。
そもそも、“光に違いがある”なんて考えたこともなかった。
「でも確かに虹にならなかったよな……」
近くの生徒が呟く。
「俺たち、同じ光魔法使ってたはずなのに」
「いや、でもあれって本当なのか?」
「分からん……」
誰も断言できない。
だが実際に見てしまった。
だから否定しきれない。
「最後の虹、意味分からなかったよな」
「術式見えたか?」
「いや全然」
「詠唱も無かったぞ」
別の生徒が小さく笑う。
「やっぱヤバい人じゃねぇか」
「噂よりヤバかったな」
「教師陣の顔やばかったぞ」
「ラスモディウス先生とかめちゃくちゃ険しい顔してた」
その名前で、ミハイルは少しだけ後ろを振り返った。
講堂の扉は閉じている。
だが、まだ中には教師たちが残っているはずだった。
講堂の中。
生徒たちが去ったあと、空気だけが重く残っていた。
「……相変わらずだな」
低い声。
ラスモディウスは腕を組んだまま、教壇を見ていた。
そこにはまだ、虹の残像が焼き付いている気がした。
他の教師たちはざわついている。
「危険なのでは?」
「あんな理論を一年生に教えるつもりですか?」
「術式体系を否定する気か?」
不満。
困惑。
警戒。
様々な感情が飛び交う。
だがラスモディウスは黙っていた。
(否定しているわけではない)
そこだけは分かる。
あの男は、既存術式の利便性を理解している。
理解した上で、“その先”を見ている。
だから厄介なのだ。
「ラスモディウス先生」
別の教師が声をかける。
「あなた、彼の元担任だったのでしょう?」
一瞬だけ、沈黙。
ラスモディウスは小さく息を吐いた。
「……そうだ」
思い出すだけで頭が痛くなる。
ソロモン。
当時から問題児だった。
授業中に勝手な実験を始める。
術式理論に口を出す。
教師の説明を遮ってまで、“もっと効率の良いやり方”を提示する。
しかも、その大半が実際に成立してしまう。
(最悪だった)
特に忘れられないのは、あの決闘騒ぎだ。
『その術式構築は無駄が多い』
ソロモンはそう言った。
まだ学生だった。
教師相手に。
『実戦では反応速度が落ちる』
『こちらの方が効率的だ』
そして。
実演した。
教師の視界を光で歪め、距離感覚を狂わせ、術式発動を妨害した。
結果。
模擬決闘に発展した。
当然、教育問題になった。
研究棟の壁も吹き飛んだ。
(……今思い出しても腹が立つ)
だが。
同時に理解してしまっていた。
あの時点で、ソロモンは既に“見えている世界”が違った。
術式を暗記しているのではない。
現象そのものを理解しようとしていた。
だから既存理論の枠に収まらない。
「先生?」
呼ばれて、ラスモディウスは現実へ戻る。
「……あいつは昔から、ああだ」
「誰よりも理論を理解しているくせに、誰よりも理論を信用していない」
教師たちが顔をしかめる。
「危険思想では?」
「かもしれんな」
ラスモディウスは否定しない。
窓の外を見る。
夕方の光が差し込んでいた。
「だが」
一拍。
「あいつは本当の光魔法使いだ」
それだけは、認めざるを得なかった。
悔しいほどに。
そして何より厄介なのは──
(生徒たちが気付き始めるな)
術式が絶対ではないことに。
世界はもっと曖昧で、複雑で、理解しきれないことに。
ソロモンは、それを平然と見せてしまう。
だから危険だ。
だが同時に。
目を離せない。
ラスモディウスは小さく目を閉じた。
「……学院長め」
厄介なものを呼び戻してくれた。
心の底から、そう思った。
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