42.授業
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講堂には、生徒たちが集められていた。
ざわついている。
理由は分かっている。
前方の机に置かれているのが、“普段の授業では使わないもの”だからだ。
ガラス板。
鏡。
水の入った透明な容器など。
「なんだあれ……」
「実験道具?」
「光魔法の授業だよな?」
不安そうな声。
興味半分の声。
教師陣も後方で腕を組んでいる。
警戒している顔が多い。
やがて、扉が開いた。
静かに、一人の男が入ってくる。
無表情。
特に威圧感はない。
だが空気だけが少し変わる。
僕は思わず姿勢を正した。
男は教壇に立つ。
生徒たちを一度見回し、短く言った。
「ソロモンだ」
沈黙。
「冒険者をしている」
「あと、この学院の卒業生でもある」
それだけだった。
普通なら教師がするような長い自己紹介はない。
生徒たちは困惑気味に顔を見合わせる。
「……以上だ」
「短っ」
誰かが小声で言った。
ソロモンは気にしない。
そのまま机の上のガラス板を持ち上げた。
「さっそくだが質問だ」
「虹はどうやってできる?」
突然の問い。
数人が顔を見合わせる。
やがて一人が手を上げた。
「雨が振ったあとに晴れる事が条件……ですか?」
「半分正解だ」
ソロモンは窓のカーテンを閉める。
そして光の球を魔法で作り出し、教室を照らし出す。
そこへ鏡を向ける。
反射。
さらに光の球と鏡の間にガラス板へ通す。
次の瞬間。
壁へ、七色の帯が浮かび上がった。
「うわっ……!」
講堂がざわつく。
虹。
小さい。
だが間違いなく虹だった。
僕も目を見開く。
ソロモンは淡々と説明する。
「光は一つではない」
「波長…つまり色ごとに屈折率が違う」
「だから分離する」
言いながら、虹を指でなぞる。
「人間はこれを“色”として認識している」
聞き慣れない説明だった。
「では次」
ソロモンは生徒側を見る。
「お前たちの光魔法を使え」
困惑。
「え?」
「同じように鏡へ向けろ」
数人が恐る恐る光球を生成する。
教本通りの綺麗な光。
それを鏡へ反射させ、ガラスへ通す。
だが──
「……あれ?」
虹にならない。
白い光がそのまま映るだけだった。
ざわつきが広がる。
「なんでだ?」
ソロモンは静かに答える。
「違うからだ」
講堂が静まる。
「お前たちが使っているのは、“自然の光に似せただけの魔力現象”だ」
「少なくとも、太陽光とは別物だ」
僕は虹を見つめる。
確かに違う。
同じ“光魔法”なのに。
同じに見えていたのに。
結果は違う。
「術式は便利だ」
ソロモンは続ける。
「安定している」
「再現性も高い」
「だが、人間に感じ取れる物しか再現はできない」
「なぜなら、術式は人間が作り出したものだからだ」
一拍。
「自然の光には、もっと多くの情報が含まれている」
そして。
ソロモンは鏡を置いた。
ガラス板から手を離す。
「……?」
生徒たちが首を傾げる。
その瞬間。
何もない空間に、虹が浮かんだ。
「っ!?」
講堂がどよめく。
空中。
何もない場所。
そこに七色の光が弧を描いている。
ガラスもない。
鏡もない。
なのに虹だけが存在していた。
「な、なんだあれ……!」
「魔法なのか!?」
僕は息を呑む。
ソロモンは虹を見ながら呟く。
「人間が理解している光は狭い」
「可視光と熱だけを見て、“これが光だ”と思い込んでいる」
「だが実際は違う」
虹がわずかに揺らぐ。
「術式とは、誰かが自然現象を観測し、再現しようとした結果だ」
「つまり模倣だ」
「なら、模倣元を理解していなければ、本質には届かない」
静寂。
生徒たちは誰も喋れなかった。
ソロモンは教壇へ軽く腰を預ける。
「お前たちは、“人間が認識できる光”だけを再現している」
「だから似ていても、本物とは違う」
「自然はもっと複雑だ」
一拍。
「理解できないだけでな」
講堂には静寂だけが残っていた。
「これからの授業では、お前たちには理解できない光について説明していく。その中には便利なものが色々あるんでな」
その空気の中で。
僕は、術式も詠唱も使用しない魔法を目の当たりにしたことで、頭の中はいっぱいとなってしまっていた。
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