40.アルベリウス
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学院の廊下は静かだった。
外の喧騒とは違う。
磨かれた床。
白い壁。
差し込む光まで整っている。
俺は案内された部屋の前で足を止めた。
重厚な扉。
学院長室。
昔何度も呼び出された場所だ。
「失礼する」
扉を開ける。
中には、一人の老人がいた。
白髪。
細い身体。
だが視線だけは鋭い。
「久しいな、ソロモン」
「そうだな」
学院長──アルベリウスは小さく笑った。
「相変わらず愛想が薄い」
「必要性を感じない」
「教師泣かせだった頃を思い出すよ」
俺は軽く部屋を見回す。
昔より棚が増えている。
資料も多い。
「……ここも変わったな」
「学院自体、昔より大きくなったからな」
アルベリウスは椅子に座ったまま続ける。
「お前が焼いた東棟も、今は新しく建て直されている」
「実験中の事故だ」
「教師との決闘騒ぎだったと記録されているが?」
「先に魔法を撃ったのは向こうだ」
「その後、お前の魔法で教室に引火したのだったな」
「燃え上がる校舎は綺麗だったぞ」
「そういう問題ではない」
小さなため息。
だが声音には、呆れより懐かしさが混じっていた。
「街では活躍しているそうだな」
「普通だ」
「聖騎士団と交戦したらしいじゃないか」
俺は少しだけ目を細める。
「情報が早いな」
「学院を舐めるな」
アルベリウスは静かに紅茶を口にする。
「ここは研究機関でもある」
「光魔法の異常事例など、嫌でも耳に入る」
一拍。
老人の視線が真っ直ぐ向けられる。
「……お前の噂もな」
俺は何も答えない。
代わりに窓の外へ視線を向ける。
中庭。
訓練場。
昔より綺麗になっている。
「生徒は増えたか」
「ああ」
「だが、その分問題も増えた」
アルベリウスは机に指を置く。
「最近の生徒は優秀だ」
「術式も綺麗だ」
「理論も理解している」
「だが──」
一拍。
「綺麗すぎる」
俺の視線が戻る。
「教本通り、か」
「そうだ」
アルベリウスは頷いた。
「正解だけを覚える」
「失敗を避ける」
「既存理論を疑わない」
「それは学問としては正しい」
「だが実戦では脆い」
静かな声だった。
長く学院を見てきた者の重さがある。
「光魔法は本来、もっと自由なものだ」
「照らすだけではない」
「焼くことも、曲げることも、隠すこともできる。お前が証明してみせたようにな」
「だが今の教師陣は、安全な理論しか教えない」
俺は少し考える。
「効率が悪いな」
「私もそう思っている」
アルベリウスは苦笑した。
「だからお前を呼んだ」
部屋が静かになる。
「現場で生き残っている光魔法使い」
「そして──教師陣が最も嫌うタイプの天才」
俺は否定しない。
否定する理由もなかった。
「お前の理論は危険だ」
「再現性も低い」
「真似をすれば事故も起きるだろう」
「だが」
アルベリウスはゆっくりと立ち上がる。
「理論とは“絶対”ではない」
「今ある体系も、誰かが疑い、作り出した結果だ」
窓から差し込む光が、老人の横顔を照らす。
「生徒たちには、“考える”という行為を覚えてほしい」
「教本を読むだけではなく」
「自分の頭で観測し、組み立て、疑うことをな」
一拍。
「頭の硬い教師どもにも、いい刺激になるだろう」
その言葉で、俺は少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
「なるほど、面白そうだ」
アルベリウスはその反応を見て、小さく息を吐く。
「その顔をするときのお前は、大抵ろくでもないことを考えている」
「安心しろ」
「実験程度だ」
「安心できる要素が一つもないな……」
老人の頭痛は、昔から変わっていなかった。
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