35.戦闘記録
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聖都アルカード、監察区画。
光で満たされているはずの部屋は、妙に静かだった。
机の上には戦闘記録。
術式ログ。
損耗報告。
だが、それらへ視線を落としている者達の表情は重い。
「……以上が、吸血種ヴェルナとの交戦記録です」
リオネルの声だけが静かに響く。
「光魔法三重展開を確認」
「結果は全て無効化」
一拍。
「防御ではありません」
「抵抗でもない」
「“通らない”に近い挙動です」
沈黙。
返答はない。
リオネルが視線を上げる。
部屋の奥。
聖騎士長セラフは椅子へ座ったまま動いていなかった。
鎧は脱がれている。
だが、その場を支配する圧だけは変わらない。
ただし。
今はどこか空虚だった。
「聖騎士長」
リオネルがもう一度呼ぶ。
「……聞いている」
返答は遅い。
セラフの指が、机の縁を規則正しく叩いていた。
だが、その視線は戦闘記録を見ていない。
もっと別のものを見ている。
「光魔法が……効かなかった?」
ようやく出た声は、確認ではなく反芻だった。
「はい」
リオネルは即答する。
「直撃を確認」
「ですが対象は無傷」
「さらに近接戦闘では聖騎士三名を戦闘不能」
「撤退判断により離脱しました」
セラフの指が止まる。
「……つまり」
「個体名ヴェルナは、通常吸血種の枠外です」
静寂。
部屋の空気がさらに重くなる。
セラフはゆっくり目を閉じた。
(直撃していた)
(術式も正常)
(それなのに通らない)
理解不能。
それが問題だった。
聖騎士の光が通用しない。
それは“異端”では済まされない。
「光が通らない吸血種、か……」
低い呟き。
怒りではない。
恐怖でもない。
ただ、理解不能な現象へ向けられた思考だけがそこにあった。
「今後の方針を」
リオネルが静かに問う。
セラフはすぐには答えない。
数秒。
沈黙が続く。
やがて、ゆっくりと目を開いた。
「……撤退は正しい判断だ」
「対象の危険度を再設定する」
「通常吸血種として扱うな」
「はっ」
リオネルが頷く。
「部隊の再編成を進めます」
合理的。
正しい判断。
だが。
セラフの思考は、そこで止まらなかった。
(もう一人)
脳裏へ、白い光景が蘇る。
一瞬。
ただそれだけで視界を焼いた“光”。
(術式構築の気配がなかった)
(距離も無視していた)
(あれは本当に光魔法なのか?)
セラフの指が、再び机を叩き始める。
今度は僅かに遅い。
思考が深く沈んでいる証拠だった。
(光を“放った”のではない)
(まるで空間そのものへ、光を置いていた)
理解できない。
だが。
理解できないからこそ、思考が離れない。
(どれほどの研鑽を積めば)
(あの制御へ到達できる)
光学制御。
屈折。
偏光。
収束。
聖騎士が扱う光魔法とは、根本から別物だった。
セラフの目がわずかに細くなる。
(異常だ)
だがそれは、否定ではない。
到達不能な高みを見た者だけが抱く感情。
技術への畏怖。
純粋な理解不能。
リオネルが一礼する。
「では、私はこれで失礼させていただきます」
セラフは窓の外を見る。
聖都を照らす光。
人々を守るための光。
だが脳裏には、別の光が焼き付いて離れない。
眼球を貫くほど純粋な、あの白。
「……ああ」
短い返答。
だが、その声には僅かな揺らぎが混じっていた。
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