30.浄化
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ソロモンが北へ向かってから、街は妙に静かだった。
いや、正確には「平和」だった。
少なくとも表面上は。
ギルドの酒場では、いつものように騒がしさだけが満ちている。
「でよ、そのドラゴンがさぁ、山ごと吹っ飛ばしていきやがったんだよ!」
「盛ってるだろそれ!」
「盛ってねぇって!俺その場にいたんだから!」
木の机に酒が跳ねる。
笑い声。
怒鳴り声。
いつもの光景。
その中心で、俺――ヴェルナは黙って酒を飲んでいた。
「……平和だな」
誰に言うでもなく呟く。
隣では、見知らぬ冒険者が適当に相槌を打っている。
「いやぁ、最近はアンデッドも減ったしなぁ」
「減ったというか、処理されてるだけだろ」
「怖ぇこと言うなよ」
俺はグラスを傾ける。
苦い酒。
慣れた味。
(あいつがいないと、逆に静かすぎる)
少しだけそんなことを思う。
すぐに打ち消す。
「……いや、静かな方がいい」
そう結論づけて、酒を飲み干した。
翌日。
ヴェルナはギルドの依頼掲示板を眺めていた。
討伐。
護衛。
採取。
その中で、誰にも取られていない依頼書がある。
『旧排水路点検依頼』
内容は地味だった。
排水路内部の確認。
汚水の詰まり。
崩落箇所。
魔物の巣の有無。
放置すれば街へ汚水が逆流する危険もある。
だが、比較的安全なためか報酬は安い。
臭い。
暗い。
旨味がない。
だから誰も受けたがらない。
「……これでいいか」
ヴェルナは依頼書を剥がした。
受付の男が顔を上げる。
「あー、それ受けてくれるのか」
「問題あるか?」
「いや、助かる」
男は素直に頷いた。
「最近、誰も行きたがらなくてな……」
「臭ぇし、滑るし、たまに魔物も出るし」
「最悪だな」
ヴェルナは少し嫌そうな顔をした。
「……ソロモンなら受けそうだな」
「あの人なら途中で変な生き物見つけてくるからな」
「ありえるのが嫌なんだよ」
受付の男が真顔で返した。
妙に納得してしまった。
旧排水路は、想像以上に酷かった。
湿気。
腐臭。
淀んだ水。
石壁には黒い苔が張り付き、天井からは濁った水滴が落ち続けている。
「……うわ」
ヴェルナは思わず顔をしかめた。
臭い。
本当に臭い。
しかも狭い。
「確かに、こりゃ誰もやりたがらん訳だ」
ボヤきながらも探索を続ける。
途中、汚水の流れが止まっている場所を見つけた。
詰まりだ。
ヴェルナはため息を吐きながら、棒で溜まりを崩す。
その瞬間だった。
ぎゅぼっ。
「……あ?」
嫌な音。
次の瞬間。
溜まっていた汚水が勢いよく噴き出し、ヴェルナへ直撃した。
「…………」
沈黙。
黒い液体が髪から滴る。
臭い。
最悪だ。
あるのは腐臭と、水音だけだった。
依頼を終わらせた俺は体を洗い流すために街の外に出る。
森の入り口近くの川。
風が少し冷たい。
「……ん?」
足を止めた瞬間だった。
空気が変わる。
軽い圧。
左右、背後。
複数。
俺はため息をつく。
草むらが揺れる。
前に三人。
軽装。
だが動きが違う。
訓練された気配。
「ヴェルナだな………臭っ!?」
中央の男が言う。
「うるせぇよ!」
気を取り直した男は改めて名乗りをあげる。
「聖騎士団、監察部隊」
俺は目を細める。
「聖騎士?」
「そうだ」
もう一人が一歩踏み出す。
手には光の刻まれた短杖。
「対象確認。吸血種個体」
「浄化対象」
最後の一人が、静かに詠唱を始める。
空気がわずかに震える。
光が集まる。
その瞬間。
「……なるほど」
俺は剣を抜いた。
「話はいい。やるんだろ」
短い沈黙。
そして、"浄化の光"が放たれる。
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