29.エド
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馬車はゆっくりと北のリア村へ進んでいた。
木製の車輪が石を踏むたびに、大きく揺れる。
「っ……」
俺はわずかに姿勢を調整する。
振動。
不均一な地形。
鉱山跡地特有の崩れた地盤が、そのまま道になっているらしい。
「いやぁ、これはひどいな」
向かい側から声がした。
商人風の男が、片手で荷物を押さえながら笑っている。
年齢は中年。
軽い外套に、旅慣れた靴。
「尻が割れるかと思ったぞ」
「……同意する」
俺は短く答えた。
男は肩を揺らして笑う。
「俺はエド。行商やってる」
「ソロモンだ」
「知ってるよ、この辺じゃ少し噂になってる」
エドは少し前のめりになる。
「お前さんも“あれ”目当てだろ?」
「……あれ?」
「例の珍味さ」
その言葉に、俺の視線がわずかに動く。
「噂は聞いた」
「だろ?」
エドは得意げに頷く。
「見た目は最悪、でも味は極上って話だ。誰が最初に言い出したかは知らんが、商人連中の間じゃちょっとした話題になってる」
馬車が大きく跳ねる。
エドが顔をしかめた。
「ぐっ……この道はマジで地獄だな」
「鉱山跡地だからな」
「そりゃそうだろうけどよ……尻が持たん」
それでもエドは笑っている。
「まあいいさ、こういう旅の方が面白い」
「普通の干し肉と水だけの旅よりずっとな」
俺は窓の外を見た。
荒れた地形。
崩れた岩肌。
かつて何かを掘り出していた痕跡だけが残っている。
「お前も楽しみなんだな」
エドの声。
俺は少しだけ間を置く。
「興味はある」
「ほらな」
エドは満足そうに頷いた。
「珍味ってのはいいぞ」
「当たりを引いた時のあの感じな」
「……当たり?」
「そうさ」
エドは指を立てる。
「見た目が悪いほど期待値が上がる。で、実際うまいと一気に世界が変わるんだ」
俺はその言葉を少しだけ反芻する。
「変わる、か」
「おう」
馬車が再び大きく揺れる。
エドが腰を押さえながら笑う。
「まあ、まずはこの道をどうにかしてほしいけどな!」
「それには同意する」
短い返答。
だが声は少しだけ軽かった。
やがて、遠くに村の輪郭が見え始める。
エドは身を乗り出す。
「ほら、あれじゃないか?」
「らしいな」
俺は静かに目を細める。
しばらくして、小さな村に入る。
木造の家が数軒。
煙は少ない。
人の気配はあるのに、活気は薄い。
俺は一番近くにいた男に声をかけた。
「少し聞きたい」
「……なんだい?」
男は警戒しながらも立ち止まる。
「この地方に、“見た目は異様だが極めて美味な料理”があると聞いた」
一拍。
男は眉をひそめる。
「料理?」
「そうだ」
「聞いたことねぇな」
即答だった。
迷いもない。
「特産品でもないし、珍味って話も聞いたことない」
俺はわずかに目を細める。
その横で、エドが腕を組みながら口を挟んだ。
「おいおい、本当に知らねぇのか?商人仲間の間じゃ結構話題だったぞ?」
男はエドを見て肩をすくめる。
「商人“仲間”って言ってもよ、どこ情報だそれ」
「噂だ噂」
「そんな噂、ここには届いてねぇな」
俺は静かに視線を動かす。
「発信源はこの村ではない、ということか」
そこへ、近くにいた老婆がのんびりと口を挟んだ。
「この辺はな、昔は鉱山で有名だったがねぇ」
「今はもう何も出ないよ」
もう一人の若者が続く。
「食い物なら普通のしかねぇよ。干し肉とかスープとか」
「変なもん食った話なんて聞いたこともない」
エドは顎に手を当てる。
「うーん……じゃあ誰かが適当に流したデマか?」
「珍味ってのはだいたいそんなもんだがな」
俺はその言葉を反芻することなく受け流す。
「今回はハズレか…」
エドが笑う。
「残念だったなぁ」
「あんたは残念そうじゃないな」
「いや、残念だよ…でも、商人やってたらこういうことも何度も経験するからね。流石に慣れたよ」
そのやり取りを見て、村の男は少しだけ距離を取った。
「変わった連中だな、お前ら」
「旅人だからな」
エドは軽く手を振る。
俺は短く礼を言い、歩き出す。
「わかった。ありがとう」
村人は不思議そうに背中を見送った。
「なんだったんだ、あいつ」
「さあな……変な商人と変な学者みたいなのが一緒だったな」
エドはそれを背中で聞きながら、笑って俺に並ぶ。
「なあソロモン」
「なんだ」
「結局ハズレ情報かもしれんぞ、これ」
「構わんさ」
「即答かよ」
俺は視線を前に向けたまま続ける。
「そのへんに生えてるキノコでも食べてみるさ」
エドは一瞬だけ黙る。
「……ほんと変なやつだな、お前」
俺は答えない。
ただ、村の外へと歩みを進める。
再び街道。
風が少し強くなる。
その先に、人影。
整った立ち姿。
静かな圧。
「……なるほど」
俺は足を止めない。
そのまま歩きながら、わずかに視線を上げる。
エドも気が付いたようで、隣で目を凝らしていた。
「ありゃあ、聖騎士様だ!なんでこんな辺鄙なところに…」
俺は小さく答える。
「聖騎士?」
「なんだ、知らねぇのか?あんた」
「いや、流石に存在は知ってるが…」
まだ遠いはずの聖騎士様とやらと目が合う。
「なんか、こっちを見てねぇか?」
こりゃ、一悶着ありそうだな…
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