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広場は、昼の熱気で包まれていた。
商人の怒鳴り声。荷車の軋む音。焼いた肉の匂いと、果物の甘ったるい香り。
人が多い。
笑い声と喧嘩声が混ざり合い、石畳の広場全体が騒がしく揺れていた。
その隅で、俺はしゃがんでいる。目の前には、一匹の細いヘビ。
黒い鱗に赤い模様。毒蛇だ。もっとも、俺にとってはあまり関係ない。
「……よし」
小さく息を吐く。指先を、回すように動かした。
瞬間、ヘビが滑るように動き出す。最初はゆっくり。地面を舐めるように進み、綺麗な円を描く。
周囲の子供が「あっ」と声を漏らした。
「ほら、いけ」
さらに指を動かす。
赤外線。
人間には見えない光を薄く伸ばし、ヘビの感覚を誘導する。
熱を追う習性を使っているだけだ。難しいことじゃない。
ヘビは迷いなく軌道を変える。
今度は螺旋。
細長い身体が絡まるように回転し、石畳の上へ綺麗な模様を描いていく。
「おお……」
誰かが小さく声を漏らした。
足を止める人間が増えていく。
俺は視線を上げず、少しだけ口元を緩めた。
「珍しいだろ?」
返事代わりに、拍手が一つ鳴る。
さらに人が集まる。
暇な冒険者。買い物帰りの女。走り回っていた子供まで、いつの間にか輪の中にいた。
「次、こっち」
ヘビは“考えることなく”動いた。
波打つように進み。途中で身体を交差させ。最後は綺麗な結び目を作る。
「うわ、すげぇ!」
「どうやってんだあれ」
「魔法か?」
俺は肩をすくめた。
「ただの曲芸だよ」
本当は違う。だが、説明したところで理解されない。だから適当に流す。その方が楽だった。
ヘビはさらに動く。
見えない線をなぞるみたいに。地面の上へ、次々と形を描いていく。
星。渦。
周囲から感嘆の声が漏れる。子供が目を輝かせていた。
「兄ちゃんもう一回!」
「んー……」
少し考えるふりをしてから、俺は指を鳴らした。
「特別だぞ」
ヘビが勢いよく走る。
一瞬で円を描き、そのまま俺の腕へ巻き付いた。
小さな悲鳴。
だが、ヘビは噛まない。
首元まで登ったあと、ぴたりと動きを止める。
「ほら、大人しい」
「すっげぇ……!」
笑い声が広がった。悪くない空気だった。嫌いじゃない。
俺はようやく立ち上がり、軽く手を払った。
「ほい、終わり。戻っとけ」
ヘビはするりと腕から降り、近くの木箱へ戻っていく。
最初からそこにいたみたいに、静かに丸まった。
数秒の沈黙。
そして――。
チャリン。
誰かが硬貨を投げた。
「ああ、悪いな」
それを合図にしたみたいに、小銭が次々と転がる。
「ほらよ、曲芸師」
「また見せてくれよ」
「ありがとな」
軽く頷く。
俺はしゃがみ込み、散らばった硬貨を拾い集めた。
思ったより多い。
昼飯くらいにはなるか。
観客達はすぐ別の話題へ流れていく。
露店の値段。今日の依頼。昨夜の喧嘩。
誰も深くは気にしない。
ただの芸。ただの暇つぶし。
それでいい。
俺は硬貨をポケットへ放り込み、小さく息を吐いた。
「……さて」
空を見上げる。
陽射しは強い。雲は少ない。
今日はまだ、時間がありそうだった。
「じゃ、またな」
誰に言うでもなく呟き、俺はゆっくり広場を後にした。




