02.ギルド
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バシャッ!!
「きゃあっ!?」
通りの真ん中で悲鳴が上がった。
荷車の上。
山積みになった青白いイカのような魔物が、突然触手を伸ばし、大量の墨を撒き散らしたのだ。
黒い液体を顔面から浴びた主婦が、その場で固まる。
「な、な、なにこれぇ!?」
「……まだ生きてたのか」
俺――ソロモンは荷車を引きながら小さく呟いた。
ミニクラーケン。
湖で捕獲した魔物だ。
発光器官を持つ半透明の身体は綺麗だが、生命力が妙に強い。
主婦は涙目で後退った。
「い、イカぁ!?」
「魔物だ」
「なんで街中にこんな大量にあるのよ!?」
「依頼達成の帰りだからな」
そう答える間にも、荷車の上で別のミニクラーケンがビタンッ!! と跳ねた。
通行人達が悲鳴を上げる。
だが、俺は気にせず荷車を引き続けた。
別に危険ではない。
多少墨を吐くだけだ。
あと美味い。
「お、おい……またあいつか」
通りの反対側で、冒険者風の男が顔を引き攣らせていた。
「曲芸師だ……」
「今日はミニクラーケンかよ……」
「相変わらず意味わかんねぇな……」
勝手に噂されている。
だが、そこまで悪意は感じない。
最初の頃はもっと警戒されていた。
なにせ、周囲からすると意味のわからない事ばかりしてきたからな。蛇を操ったり…
そのせいで付いたあだ名が、“曲芸師”。
正直、誠に遺憾ではある。
俺はただ、光への反応を利用しているだけだ。
合理的なだけだと思う。
バシャァッ!!
その瞬間。
荷車の上から一匹が跳ね、今度は俺の顔面へ墨を吐きかけた。
黒い液体が髪を伝い、服を汚す。
俺は特に気にせず袖で適当に墨を拭う。
周囲はドン引きしていた。
「いや気にしろよ!?」
「なんで平然としてんだあいつ!?」
「お前それ顔面に直撃してるだろ!!」
騒がしい。
そう思いながら俺はギルドの扉を押し開けた。
冒険者ギルドは、今日も騒がしかった。
「だから俺はドラゴンを見たんだって!」
「お前それ先週も言ってただろ!」
酒の匂い。
焼いた肉の香り。
怒鳴り声と笑い声。
昼間だというのに、ギルドの中は妙な熱気に包まれていた。
だが――。
ギィィ……。
俺が扉を開けた瞬間。
空気が止まる。
「…………」
誰かが黙った。
続けてもう一人。
さっきまでドラゴンがどうとか騒いでいた酔っ払いすら、言葉を途中で止める。
静かだった。
ギルドとしてはありえないくらいに。
その理由は単純。
俺が、大量のミニクラーケンを積んだ荷車を引いて入ってきたからだろう。
バシャッ!!
荷車の上で一匹が跳ねる。
直後、大量の墨が床へ撒き散らされた。
「うわっ!!」
近くにいた冒険者が慌てて飛び退く。
すると周囲も自然と道を空け始めた。
誰も指示していない。
だが、全員が本能的に理解している。
近づくと汚れる、と。
俺は静まり返ったギルドの中央を、堂々と荷車を引きながら進んでいく。
ミニクラーケン達はまだ元気だった。
触手を蠢かせ、時折ビタンッ!! と跳ねる。
その度に墨が飛ぶ。
床が汚れる。
悲鳴が上がる。
だが、俺は気にしない。
「……まだ生きてるな」
生命力が強い。
興味深い。
受付カウンターへ到着すると、受付嬢が引き攣った笑顔でこちらを見ていた。
「……お、おかえりなさいませ、ソロモンさん」
「ただいま」
バシャッ!!
その瞬間。
荷車の上から飛び出したミニクラーケンが、受付カウンターへ墨を撒き散らした。
ベチャァッ!!
「きゃっ!?」
黒い液体が書類へ直撃する。
受付嬢の笑顔が止まった。
「…………」
怖いくらい静かだった。
俺は小さく首を傾げる。
「大丈夫か?」
「大丈夫に見えますか?」
笑顔。
だが目が笑っていない。
「申し訳ない」
「本当にそう思ってます?」
「思ってる」
「その顔で言われても説得力ゼロなんですよ……!」
受付嬢が半泣きで机を拭き始める。
その横で、ミニクラーケンがまた一匹跳ねた。
バシャッ!!
冒険者達が一斉に距離を取る。
「うおっ!?」
「また飛んだぞ!?」
「避けろ!!」
騒がしい。
俺は荷車の中を覗き込む。
「……なるほど。陸上でも結構活動できるんだな」
「観察しないでください!! まず締めてください!!」
受付嬢がついに叫んだ。
ギルド中の視線がこちらへ集まる。
俺は少し考える。
「鮮度が大事だと思ってな」
「相変わらず周りへの配慮はしてくれないんですね?」
周囲から笑い声が漏れた。
さっきまで止まっていた空気が、一気に崩れる。
「ぶはっ……!」
「相変わらずだな曲芸師……!」
「ギルド壊す気かよ!」
勝手なことを言われる。
だが、悪意はそこまで感じなかった。
俺は適当にミニクラーケンを締めながら、小さく息を吐く。
「……街って、やっぱり騒がしいな」
そう呟くと、受付嬢が疲れ切った顔でこちらを見た。
「その原因、たぶんソロモンさんですからね……?」
今日も街は平和だった。
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