25.ユムシ
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港から少し離れた干潟は、干上がりかけた泥と潮の匂いで満ちていた。
波はほとんどない。
ただ、地面の下で何かが“蠢いている”気配だけが続いている。
「……いるな」
俺はしゃがみ込み、指先を地面に触れた。
赤外線。
わずかな温度差。
細い管のような反応が、泥の中をゆっくり移動している。
ユムシ。
見た目はただの細長い塊だが、動きは確かに生き物だった。
「普通だな」
そう呟いて、手を突っ込む。
ぬるい泥の中で、ぬるりとした抵抗が返ってくる。
引き抜くと、細長いそれがのたうった。
「なるほど」
観察対象としては、かなり単純な構造だ。
魔力反応もない。
ただの生物。
俺は軽く光を集中させた。
紫外線。
短時間だけ照射。
外部の菌と表面の微細構造を“整理”する。
動きは止まらない。
だが内部は変化しているはずだ。
「……よし」
今回ここに来た目的を果たすとしよう。
そのまま口に運ぶ。
噛む。
ぐに、とした感触のあとに、じゃりっとした泥が混じる。
「……」
沈黙。
「思ったより食感が悪いな」
味というより、情報が多い。
泥、塩分、わずかな生臭さ。
それと、まだ生きている反射。
「調理工程が必要か」
結論だけをメモするように呟く。
満足度は低い。
だがデータは取れた。
それでいい。
宿舎に戻った頃には、日は傾きかけていた。
机の上に置いたユムシは、まだわずかに動いている。
「生命力は高いな」
俺は包丁を手に取った。
ためらいはない。
まず腹部を開く。
ぬるい抵抗とともに内部構造が露出する。
泥。
砂。
消化されかけた有機物。
「……これは処理が必要だな」
淡々と呟いて、内臓を取り除く。
必要な部分と不要な部分を分けるだけの作業。
そこに感情はない。
次に水で洗浄。
泥を落とし、筋繊維だけを残す。
最後に細く刻む。
薄い切片。
皿に並べると、それは少しだけ“食材”に見えた。
「完成」
俺は満足そうに頷く。
そこへ、扉が開く音。
「……お前、また何してるんだ」
ヴェルナが入ってきた瞬間、皿を見る。
数秒の沈黙。
「……それ何だ」
「ユムシ」
「聞いてない」
「いっぱい取れたのでギルドで振る舞おうと思うんだが…」
「やめとけ…」
「独占したいのか?欲張りなやつだな」
「違うわ!」
俺達は口論の末、結局ギルドに顔を出した。
やがて、ギルドの面々が顔を出す。
ガルド、ミリア、エルク。いつものメンツが集まってくる。
「なんかいい匂い……いや、しないな?」
「それ食い物か?」
ガルドが顔をしかめる。
ミリアは皿を見て一歩引いた。
「見た目がもう無理」
エルクは無言で眉をひそめている。
俺は気にせず説明する。
「内臓は除去済みだし、衛生面も問題ないぞ」
「いやそういう問題じゃねぇだろ!!」
ガルドが叫ぶ。
ヴェルナは額を押さえる。
「お前さ……普通に怖いぞ」
「なぜ」
「なぜじゃねぇ」
ソロモンは皿の一切れをつまむ。
「食べるか?」
「絶対食べない」
「そうか」
自分で口に運ぶ。
咀嚼。
静寂。
「……やはり塩味が足りないな」
その一言で、場の空気が凍る。
「いや味の評価してんじゃねぇよ!!」
ミリアが本気で引いている。
「なんか……思ったより平気で食うのが一番怖い」
エルクがぽつりと呟く。
ガルドは腕を組んだまま固まっている。
「お前、冒険者っていうか……別の何かだろ」
俺は少し考えてから答える。
「研究者?」
「疑問形にすんな」
ヴェルナは深くため息をついた。
「もういい……好きにしろ」
「了解」
その横で、まだ皿は半分残っている。
誰も手をつけないまま。
ただ、俺だけが普通に食べ続けていた。
「俺はドラゴンより恐ろしいもんを見てしまった気がするぜ…」
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