20.工場跡地
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工場跡地の外れは、異様に静かだった。
俺は足を止めることなく、ゆっくりと歩いていた。
赤外線。
熱源。
構造物の配置。
全部、すでに頭の中に入っている。
「……派手だな」
小さく呟いた瞬間だった。
視界の奥。
鉄骨の影から、何かが動いた。
ヴェルナ。
両腕を後ろに拘束され、膝をつかされている。
その周囲には複数の吸血鬼。
そしてさらに奥。
指揮している個体が一体。
「来たか、人間」
低い声。
ヴェルナの顎に刃が軽く当てられる。
「無抵抗でいろ。少しでも動けば、こいつの首は落ちる」
ヴェルナが睨む。
「……やることが古典的だな」
「効くからだ」
吸血鬼は冷たく笑った。
吸血鬼の背後で、空気が揺れた。
さらに数体。
完全に囲まれている。
「この状況、理解できるか?」
「人質ってやつだろ」
「そうだ」
吸血鬼の声が少し歪む。
「お前は動くな」
「こいつが死ぬぞ」
刃がわずかに押し込まれる。
ヴェルナの皮膚に薄く血が滲む。
その瞬間。
俺はあっさりと両手を上げた。
「わかった」
「……は?」
「無抵抗でいいんだろ」
あまりにもあっさりした反応。
吸血鬼の方が一瞬戸惑う。
「……賢明だな」
「で、どうする気だ?」
俺は視線だけで周囲を見渡す。
「楽しいことでも用意してるんだろ」
「楽しい?」
吸血鬼は低く笑った。
「お前の理解ではそう見えるのか」
片手が上がる。
合図。
その瞬間だった。
地面の影が“割れた”。
何かが這い出す。
巨大。
だが輪郭が曖昧。
視認しづらい。
歪んだ色彩。
まるで空間ごと溶けているような存在。
「人間では、まず捉えられまい」
影がゆっくりとこちらへと向かってくる。
周囲の吸血鬼が笑う。
「終わりだ」
だが。
「これがお前たちの用意している秘策か?」
俺はそう言うと、その場から一歩も動かないまま、気づかれないように魔法を発動する。
そして光が“固定”される。
空間に薄い膜が張られたように、俺の存在だけがそこに置き去りにされた。
吸血鬼たちには、ただ無抵抗に立ち尽くしているようにしか見えないだろう。
だが実際には違う。
俺はすでに動いていた。
「……っ?」
ヴェルナの拘束を無理やり解く。
そして、俺がとある物を軽く投げる。
小瓶。
弾けた中身が霧状に広がり、空間に色を付けていく。
何もなかったはずの場所に、巨大でカラフルな“輪郭”が浮かび上がった。
カメレオンのように擬態した魔物。
「見えないなら、見えるようにするだけだな」
俺は淡々と言う。
「ヴェルナ、そっち任せる」
「……了解」
色を得た怪物へ、ヴェルナが踏み込む。
刃が走り、重い肉が裂ける音が響いた。
同時に、周囲の吸血鬼たちは俺が魔法でとどめを刺し、次々と崩れ落ちていく。
そして最後に、一拍遅れて空気が沈んだ。
「……面白いことをする」
背後から声。
影が裂けるように現れる。
「……なるほどな」
影の奥から現れた上級吸血鬼は、崩れた部下たちを一瞥し、それから俺へ視線を向けた。
怒りはない。むしろ静かな興味だった。
「下級どもが消し飛ぶのも納得だ」
俺は答えない。ただ、軽く視線を返すだけ。
上級吸血鬼は薄く笑う。
「無抵抗を装いながら戦場を掌握するか。人間にしては出来すぎている」
その視線が、ヴェルナへ移る。
「そしてそちらは……裏切り者か。だが生かされている。運がいいのか、価値があるのか」
ヴェルナは何も言わない。ただ刃の感覚を確かめるように手を握る。
吸血鬼はゆっくり息を吐いた。
「いいだろう。今回はここで引いてやる」
その言葉に、周囲の空気がわずかに揺れる。
「だが忘れるな」
視線が再び俺へ刺さる。
「次に会うときは、必ず殺す」
そう言い残し、影は崩れるように後退した。
残響だけを残して、夜の工場跡地から消えていく…
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