19.囮
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ギルドを出た後、ヴェルナはしばらく黙って歩いていた。
夜。街灯の明かりが石畳へ長く伸びている。
俺はその横を適当に歩きながら、依頼書を眺めていた。
「……で、どうする」
先に口を開いたのはヴェルナだった。
俺は紙を折りながら答える。
「普通に探せば見つかるだろ」
「どうしてだ?」
「向こうも誘ってる」
行方不明者。
残された血痕。
わざとらしい目撃情報。
全部、“見つけてください”みたいな痕跡だった。
ヴェルナは小さく息を吐く。
「罠か」
「だろうな」
「なら、どうする」
俺は少し考える。
それから、何でもないみたいに言った。
「二手に分かれるか」
「……囮か?」
「片方を攫わせる」
ヴェルナが横目で見る。
「随分雑だな」
「でも一番早い」
それは否定できなかった。
吸血鬼は人を攫う。
なら、狙わせればいい。
「で、どっちが囮やる?」
「お前」
「即答かよ」
「向いてるし」
「理由を聞いていいか?」
「顔」
「殴るぞ」
俺が少し笑う。
「冗談だ」
「半分は本気だろ」
「まあ、向こうが狙ってるのはお前のほうだろ?」
ヴェルナは少し黙った。
否定はしない。
実際、その通りだった。
「……で、お前は?」
「追跡する」
短い返答。
俺は夜空を見上げる。
「熱は隠せない」
「またその意味不明な探知か」
「便利だぞ」
「お前しか使えないだろ、それ」
俺は肩をすくめた。
「たぶん、な」
少し間。
ヴェルナが低く聞く。
「俺が本当に攫われたら?」
「助けに行くよ」
「即答だな」
「死なれると困る」
「それ、仲間として?」
「実験対象として」
「帰るぞ」
ヴェルナが真顔で言う。
俺は少し笑った。
「冗談だって」
「信用できない」
「まあ、大丈夫だよ」
俺の声は軽い。
いつも通り。
「ちゃんと追う」
その言い方だけは妙に自然だった。
ヴェルナは数秒だけ黙り、それから小さく息を吐く。
「……わかった」
「じゃあ決まりだな」
夜風が吹く。
遠くで鐘の音が鳴った。
街の裏路地。
暗い場所はいくらでもある。
吸血鬼が獲物を探すには、十分すぎるほど。
そして数時間後。
ヴェルナは、人気のない路地を一人で歩いていた。
外套を深く被り、わざと足音を響かせる。
気配はある。
複数。
屋根の上。
路地裏。
視線だけが、まとわりつくみたいに追ってくる。
「……来たか」
小さく呟く。
その瞬間。
背後で風が動いた。
速い。
だが、ヴェルナも反応する。
振り向きざまに剣を抜く――その前に。
視界が歪んだ。
「っ……!?」
甘い匂い。
霧。
魔法。
一瞬だけ動きが鈍る。
その隙だった。
影が複数飛び込んでくる。
腕を掴まれる。
首を押さえ込まれる。
「捕まえた」
低い声。
ヴェルナは舌打ちした。
「数が多いな……!」
「暴れるなよ、裏切り者」
拘束。
魔封じ。
嫌な感覚が腕へ絡みつく。
ヴェルナの視界が揺れる。
そのまま、闇の中へ引きずり込まれていった。
――そして少し離れた屋根の上。
「……攫われたな」
俺がぼそりと呟く。
赤外線探知。
夜の街に、いくつもの熱源が浮かぶ。
高速移動する複数の影。
「なるほど」
俺は静かに立ち上がった。
視線の先。
街外れ。
古い工場跡地の方向へ、熱源が集まっていく。
「罠っぽいなぁ」
だが、その声に緊張感はない。
むしろ少しだけ興味深そうだった。
「……まあ、いいか」
さて、鬼が出るか、蛇が出るか…
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