17.グラン
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夜の街は、昼とは違った喧騒に包まれている。
石畳は雨上がりで濡れており、街灯の明かりが反射し、細い路地へ淡く伸びていた。
その屋根の上を、ひとつの影が移動していく。
音はない。
黒い外套を翻しながら、男はギルドの方向を見下ろしていた。
グラン。
中級クラスの吸血鬼。
墓地での失敗以来、しばらく身を隠していたが、ようやく動く許可が下りた。
任務は二つ。
裏切り者――ヴェルナの発見。
そして。
墓地に現れた、謎の光魔法使いの調査。
「……妙な街だな」
小さく呟く。
視線の先では、まだギルドが騒がしかった。
笑い声。
酒。
喧騒。
吸血鬼の世界とは真逆の空気。
グランは屋根から静かに降りる。
そのまま、街の裏路地を歩き始めた。
まずは情報収集。戦う必要はない。むしろ、戦うなと命令されている。
“正体がわかるまで接触は避けろ”
上からはそう言われていた。
実際、墓地で見た光景は異常だった。アンデッドが一瞬で崩れた。ヴァンパイアの高速移動にも反応した。しかも、何をされたのかがわからない。
ただ、“光魔法”だった。
そこまでは確かだ。
だが、それ以上が不明すぎる。
「……気味が悪い」
グランは小さく舌打ちした。
その時だった。
路地の向こうから、酔っ払い達の会話が聞こえてくる。
「知ってるか? 最近また変なことやったらしいぞ」
「誰が?」
「曲芸師」
「あー……」
グランの足が止まる。
「今度は何したんだ?」
「空飛ぶ発光クラゲ爆発させた」
「意味わかんねぇ……」
「広場が青く染まったらしい」
「子供は喜びそうだな」
「衛兵はキレたらしいぞ」
笑い声。
グランは無言になる。
「……なんだそれは」
さらに別の場所では、
「変な蛇操ってたぞ」
「この前は光のミニクラーケン」
「見世物師じゃねぇの?」
そんな話まで聞こえてくる。
グランの眉間に皺が寄る。
「そんなやつが本当にいるのか……?」
むしろ混乱してきた。
だが。
次の瞬間。
グランの視線が止まる。
宿舎の入口。
そこから、二人の男が出てきた。
そのうちの片方は人間に紛れていてもわかる。
「……ヴェルナ」
間違いない。
裏切り者。
吸血鬼狩り。
同族殺し。
そして、その隣。
気の抜けた表情の男。
周囲を警戒している様子はない。
だが――。
「……あいつだ」
墓地の男。
グランは屋根の影へ身を沈める。
距離は十分。気配も消している。見つかるはずがない。
そう思った瞬間だった。
「……尾行下手だな」
銀髪の男――ソロモンが、ぼそりと呟いた。
グランの身体が止まる。
ヴェルナが隣を見る。
「ソロモン?何かいるのか?」
「後ろ。屋根の上」
あっさり言う。
視線すら向けない。
なのに位置だけ正確だった。
グランの背中に、冷たい感覚が走る。
見えていない。
だが、“把握されている”。
そんな感覚だった。
「知り合いか?」
ヴェルナが低く聞く。
「いや、たぶん初対面」
ソロモンは適当に答える。
「でも、昨日からこの町をうろついてるみたいだな」
グランの表情が固まる。
昨日から。
気づいていたのか。
ずっと。
「……化け物め」
小さく呟く。
これ以上は危険。
グランは即座に後退した。
闇へ溶けるように屋根を飛び移る。
追ってこない。それが逆に不気味だった。
しばらく距離を取ったあと、グランはようやく息を吐く。
「……なるほど」
あれは危険だ。
少なくとも、俺が軽く触れていい相手じゃない。
そして何より。
“何を見ているのか”がわからない。
夜の屋根の上。
グランは懐から小さな魔導具を取り出した。
血で刻まれた通信具。
赤い光が滲む。
「報告する」
低い声。
「対象を確認」
少し間を置く。
「裏切り者ヴェルナ、生存を確認」
「人間社会へ潜伏済み」
「そして――」
グランの脳裏に、あの男の顔が浮かぶ。
気だるそうな目に、力を隠す気のない態度。
それなのに、何も読めない。
「謎の光魔法使いも確認した」
通信具の向こうが静かになる。
グランは続けた。
「名前は、ソロモン」
「危険度不明」
「能力詳細、不明」
「ただし――」
グランの声がわずかに低くなる。
「極めて危険な可能性あり」
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