114.兆し
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研究室には静かな音だけが響いていた。
ペンが紙を走る音。
試験管を置く音。
そして時折聞こえるミハイルの悲鳴。
「次。」
俺は新しい試験管を手に取った。
中には吸血鬼化した自分の血液。
そこへヴェルナの血液を数滴加える。
ゆっくりと攪拌。
三人は試験管を見つめた。
数秒。
十秒。
特に変化は見られない…
「特に反応ないですね…」
「ああ。」
俺は静かに頷いた。
紙へ結果を書き込む。
『ヴェルナ血液 効果無し』
「次。」
棚から小瓶を取り出す。
中には青白く輝く粉末。
ルクスの角を削って作った粉末だった。
少量だけ試験管へ投入する。
血液が淡く発光する。
「魔力反応だな……。」
俺は観察を続ける。
血液は活性化した。
しかし。
同時にウイルスの活動も活発になってしまう。
「駄目か。」
『ルクス角 細胞活性化 ウイルスも活性化』
「先生。」
ミハイルが恐る恐る尋ねる。
「これは……?」
「失敗だ。」
俺は即答した。
「次。」
今度は紫外線。
試験管へ照射する。
ジュウゥゥゥッ!!
血液は激しく泡立ち、白煙を上げる。
ウイルスは消える。
しかし。
血液そのものも蒸発してしまった。
「やっぱり……。」
ミハイルが肩を落とす。
俺は黙ったまま机へ肘をついた。
「ウイルスは殺せる。」
「だが血液も失う。」
「これでは助からない。」
静かな沈黙。
研究室には時計の針だけが時を刻んでいた。
その時だった。
「……ん?」
俺の視線が部屋の隅へ向く。
ガラスケース。
中では一匹の蛇が静かにとぐろを巻いていた。
昔から飼っている毒蛇。
出血毒を持つ個体だ。
俺はゆっくりと立ち上がる。
「そうか。」
「先生?」
ガラスケースを開ける。
蛇を腕へ乗せる。
「血液を一度壊してしまえばどうだ?」
「……はい?」
ミハイルは首を傾げる。
俺は毒牙から採取した毒液を、小さな試験管へ一滴だけ落とした。
じわり。
血液が崩れ始める。
「出血毒。」
「赤血球を破壊し、止血を妨げる。」
「つまり、一時的に血液を作り替える時間ができる。」
俺はさらに続ける。
「その間に。」
ヴェルナの血液を加える。
続いて。
ルクスの角の粉末。
最後に遅効性の薬草を混ぜる
三人は息を呑んだ。
試験管の中では、先ほどまでとは全く違う反応が起きていた。
血液は蒸発しない。
しかし拡大して見ると、赤血球は壊れたままだが、吸血鬼化ウイルスやその他のウイルスが苦しんでいる。
俺の目が僅かに見開かれた。
「……ほう!」
「成功ですか!?」
ミハイルが身を乗り出す。
「いや。」
俺は首を横に振る。
「理論が成立しただけだ。」
「本当に成功するかは分からん。」
試験管を静かに持ち上げる。
「生きた個体で試さなければ分からない。」
研究室が静まり返る。
ミハイルはゆっくりと俺を見る。
俺はゆっくりとミハイルを見る。
「……。」
「……。」
「先生。」
「何だ。」
「まさか。」
「ああ。」
俺は当然のように頷いた。
「次は人体実験だ。」
「僕は嫌ですよ!!」
ミハイルの叫び声が研究室いっぱいに響き渡った。
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