108.消耗
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蒸気が晴れる。
近衛隊は再び陣形を組み直していた。
「まだ来るか。」
俺は息を整える。
呼吸は乱れていない。
しかしローブは所々が裂け、腕や頬には浅い傷が増えていた。
魔力も決して無限ではない。
六属性の魔法を絶え間なく操り続けた代償は、確実に身体へ現れ始めていた。
「包囲を維持しろ!」
近衛隊が同時に踏み込む。
前方から二人。
左右から二人。
後方から一人。
残る三人が援護へ回る。
「土。」
地面が隆起する。
先頭の二人が体勢を崩した。
「風。」
横から迫る剣が僅かに逸れる。
「水。」
足元が濡れ、踏み込みが鈍る。
「炎。」
立ち昇る熱気が視界を歪ませる。
その僅かな隙を突き、俺は近衛騎士の懐へ滑り込んだ。
剣は振るわない。
掌を胸当てへ当てる。
「雷。」
鎧越しに衝撃が走る。
「ぐっ……!」
騎士はその場へ膝をついた。
命に別状はない。
だが戦闘は続けられない。
「一人目。」
振り返る間もなく、二人目が迫る。
俺は光を屈折させ、自らの姿を揺らした。
剣が幻影を斬る。
その背後へ回り込み、肩へ軽く触れる。
「氷。」
腕だけが凍り付き、剣を握れなくなる。
「二人目。」
「怯むな!」
残る近衛隊が一斉に襲い掛かる。
俺も止まらない。
土が槍を受け止め。
風が斬撃を逸らし。
炎が距離を作り。
水蒸気が姿を消す。
雷が一瞬だけ動きを止める。
光が死角を生み出す。
一人。
また一人。
近衛騎士達は命を落とすことなく戦闘不能となっていく。
しかし。
「はぁ……。」
俺の呼吸も、すでに乱れ始めていた。
赤外線を維持し続けた負荷。
光を屈折させ続けた魔力。
全属性魔法の連続使用。
どれも身体への負担は小さくない。
肩口から流れた血が袖を赤く染める。
頬の傷も増え、ローブは焦げ、裾は泥に汚れていた。
「……さすがに多いな。」
そう呟いた時。
セラフはその姿を見ていた。
勝てない。
それでも。
目の前の男もまた限界へ近付いている。
「近衛隊!」
「最後の総攻撃だ!」
残った近衛騎士達が雄叫びを上げる。
俺は静かに構え直した。
その戦場から、遥か離れた木陰。
いや。
木陰ではない。
そこにあった影が、僅かに揺らぐ。
「ククク……。」
低い笑い声。
影の中から、一人の男が戦場を眺めていた。
赤い瞳。
黒い外套。
楽しげに細められた目。
「いい具合に消耗している。」
男――吸血鬼グランは口角を吊り上げる。
「もう少しだ。」
「もう少し互いに削り合え。」
誰にも気付かれぬまま。
その視線だけが、戦場へ静かに注がれていた。
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