84 勝者①
―――深い暗闇の中で立ち尽くす。意識が混濁していて、しばらく、ぼーっと遠くを見つめていた。
「…はぁ……は…ぁ…はぁ…」
荒い、自分の呼吸音だけが、鮮明に聞こえる。
…記憶が、なんか飛んでるな…。さっきまで俺何してたっけ……そうだ…ボスを……。
さっきまで俺がいた方へ振り返る。
…あの状態は…即死……か。
ボスが死んだことを確認すると、急に体に力が入らなくなった。ふらつく足で家屋の壁によりかかり、ずるずると地面にへたり込む。
…あ、え…てことは…勝った…?…俺が?ボスに……。
信じられなかった。だが、あそこにボスの死体があるという事実が、揺るぎない俺の勝利の証明だ。
…マジか…いけた………いけたんだ。
…あは。
「あはははははははは!!!!」
なんだか、可笑しかった。俺が勝ったことも、記憶が飛んでいることも、俺自身の情緒も、なにもかも。
「ははははは!!あははは、あはははははははは!!!」
ガンガンと耳に打ち付けるような心音、自分がまるで神にでもなったかのような全能感。今までに味わったことのない法悦に陶酔して、手が震えて思考もままならない。
「あはははは、はは、あははははははは!!!ははは!!あははははははははは!!はは……はー……はは………やってらんね…」
ひとしきり笑ったら波が落ち着いてきて、我に返る。
「やってらんねぇよ…こんな戦い……。神経すり減るし…勝ち筋細すぎだし……。なんで圧倒的に不利な勝負やらなきゃならねぇんだよクソが……」
冷静になって、湧いてくるのは怒りだ。やり場のない怒り。
「でもまぁいいけどね!結局俺が勝ったし!!」
だが、高揚感がまだ持続していて気分はいい。ふと死体の方を見ると、そこには狼の魔獣が群がっていた。
「はは、いい気味だぜ」
…なんて嘲ってみたものの、実際俺があっち側にいてもおかしくなかったんだよな。あんまり余裕ぶれない。まじでなんで生きてるんだろ俺。
「ま、リア・エイレーンの錠剤様々だな。あれ一気飲みで…俺はいつの間にかボスを殺してたわけだし」
というか、全てにおいてあの錠剤は役に立った。当初のリア・エイレーンと俺が逃げる作戦の基盤にもなっていたし、ボスとの戦闘でも基本使ってたし、本当に助けられた。ただマナが入ってる錠剤があそこまで役に―――
……あれ、マナ…?
群がっている狼の魔獣を見る。
…なんか…おかしくないか。
*****
―――狼の襲撃を受けたあの時、俺は逃げ延びることができたから。
ギャリッ!!
地面をえぐるように蹴る音が次々と上がる。弾丸のように駆け出した狼の魔獣は俺の真横を通り過ぎて、ボスの元へと一直線に肉薄した―――
*****
ボスに狼をけしかけた時、俺、まだ錠剤持ってたよな?
狼の魔獣は目が見えない代わりにマナを知覚して状況を把握している。だからマナを一切吸収しない俺の体は、狼の魔獣にとって透明人間みたいになってて存在を感知できないんじゃないかと思ってたけど…錠剤持ってちゃ意味ないのでは?
マナ入ってるもん。見えちゃうじゃん。錠剤入ってる瓶の部分だけ。狼の魔獣からしたら、中空に錠剤だけ浮いててすごいおかしな光景が見えたんじゃないか。
「あっれ…え、じゃあなんで狼の魔獣は俺のこと無視したんだ…?」
狼の魔獣はボスへと走り出すとき、俺の方を見向きもしなかった。もしそんなに変な光景が見えたなら、ちょっとは立ち止まったりするんじゃないのか。俺に興味を持つ奴が一匹ぐらいいてもおかしくない。
…やっぱり変だ。なんというか…もやもやする。
狼の群れの横を通り過ぎて、俺が錠剤を一気に飲んだ場所に戻る。その地面には、多少飲みこぼした錠剤が落っこちていた。錠剤を拾って、狼の魔獣がいる方に投げる。一つ、二つ、三つ…反応は皆無だった。
…反応なし、か。これもしかして。
この錠剤の中に入ってるものは、マナではないのか?




