82 VS■■③
…よし、狙い通りの展開になった。多少の負傷はあるが…この程度ならさして問題でもない。
「まさか…これが作戦かい?」
ボスは呆気に取られたように突っ立っている。
「もしそうだとするなら、体を成していない。狼は私も狙うだろうが、シンも狙う。混戦に持ち込んだところで不利なのはシンだけじゃないか」
…混戦になればな。
*****
―――サイトのリンクを開く。
「なになに…新月の夜に狼が出やすいのは、新月の夜は空気中のマナの濃度が低いから…?『狼の魔獣は目が見えない代わりに周囲のマナを知覚することで状況を把握している』ため、空気中のマナの濃度が下がるほど霧が晴れるように視界が明瞭になって活動が活発になる…」
へ~。―――
*****
狼の魔獣は、マナを知覚することで周囲の状況を把握している。ならば、マナが一切浸透しない俺の体は、この魔獣の目にどう映るんだろうか。
少なくとも、獲物には見えないんだと思う。なぜなら…
*****
―――が、踏み込んだ足は地面を蹴ることなくその場に固まった。
少し進んだことで見えてしまった。周囲を大きく取り囲む、ギラギラとした無数の赤い目が。人間のモノではない。これは…獣の―――
「狼の…魔獣…」
どこからかポツリと呟く声が聞こえた。
魔獣…!さっき聞いた話に出てきたやつだ…―――
*****
…狼の襲撃を受けたあの時、俺は逃げ延びることができたから。
ギャリッ!!
地面をえぐるように蹴る音が次々と上がる。弾丸のように駆け出した狼の魔獣は俺の真横を通り過ぎて、ボスの元へと一直線に肉薄した。
「……!」
ボスが構えを取る。その目は大きく見開いていた。反応は控えめだが明らかに動揺している。無論、この機を逃す手は無い。
十数匹の狼の群れに交じりながら走りだす。ボスの元に先頭の狼が到達した時、俺は挟み撃ちをする形でボスへ真横からナイフを振るう。
…狼の魔獣と俺による同時攻撃!これを完全に捌くのはどんな人間でも不可―――
ドガッ!!
体が吹き飛ぶ。
バキィッ!!
何か一枚壁を貫通してから、また壁に打ち付けられた。
「…が…ぁッ…!!」
肺の空気が絞り出される。足に力が入らなくなって、ずるずると、壁に背中を預けながら力なく地面に座り込んだ。
…何が起きた…?
痛みはあまり感じない。ただ、呼吸がうまくできなくて苦しい。
…両腕は、狼の対処に使ってたはず……。使ったのは足か…?蹴られた…?あの体勢から…。
視認ができなかったから真相はわからない。だが、多分そういうことなのだろう。
「…化け物だな…マジで。人間じゃねぇだろ…はは」
あまりにも可笑しくて少し笑ってしまう。
…なんだか似てるな、この感じは。ユウとかジャベリーとか、ロゼに似ている。人間離れの象徴ともいえる魔法使い達と……。
「…懐かしいな」
感傷に浸りながら立ち上がる。少し体を動かした感じだと、幸運にも骨や内臓に損傷はなさそうだった。
…さて、やれることは全部やった。それでこれじゃ…もうどうあがいても俺はボスに勝てないな。
と、俺が思っていると、ボスは考えているはずだ。はず…というより、考えてもおかしくない、と言った方が正しいかもしれない。
リア・エイレーンと逃げる当初の作戦は失敗し、ボスと戦うも力量差は歴然。土壇場で閃いた狼の魔獣を使った策すら正面から叩き潰された。客観的に見て、俺が置かれた状況は絶望的だ。それは誰にだって…ボスにだってわかる。
そして、その状況下でこそ、真価を発揮する秘策がある。
貫通した家屋の壁を抜けて、鉄の匂いが漂う方へ目を向ける。雨も降っていないのに、大きな水たまりの中にボスが立っていた。
「いやぁ、少し驚いたよ。こんな隠し玉があったなんて…」
ボスの周囲には、ピクリとも動かなくなった狼の魔獣達が倒れていた。
…あの短時間で全部殺ったのか。凄いな。
「次はどうするんだい?…もう弾切れかな?」
相変わらずよく喋るなと思いながら、ポケットからプラスチックの容器を取り出す。蓋を開けて、中の錠剤を一気に全部飲み込んだ。
少しの間静寂が訪れて。それからボスが勢い良く俺に向かって駆け出す。
…流石、わかってるな。
今、俺が秘策を使ったことをすぐに理解したらしい。そう、秘策とは―――
自殺だ。




