78 詰み
―――「交渉してきた」
教会の外で、待っていたリア・エイレーンと合流する。
「…どうだった?」
「概ね成功なのかなぁ…」
「何それ…どっち?」
「ほら、持ってみて。これが成果」
アタッシュケースを渡す。
「結構重いけど…。いくら入ってるの」
「五億」
「…!!!?なんで!?」
「そうだよな…。やりすぎだよなぁ…この額は」
「え、こ、この中にそんなに入ってるの!?」
「現金は一千万しか入ってないよ。残りは宝石とか金とかにして圧縮した」
「あ、そうなんだ」
「とりあえず、100万程度をそっちのショルダーバッグに移して、財布の中にも数万入れよう。そしたら都市部の駅に出発する」
「わ、わかった」
◆◆◆◆◆◆
アタッシュケース内の現金を移動し終わり、教会からスラムの外…都市部へと歩く。
「なんか、トントン拍子だね。今日の朝は作戦がうまくいくか不安だったのに、私今楽しくなってきてるもん」
「そうか?…トントン拍子というより運がいいだけだろ、これは」
「えー。そうなの?」
「そうだよ。錠剤を扱えるかとか、クライルの暗殺とか、さっきの教会での交渉も、割と全部運ゲーだ。ここまで順調なのは奇跡といっても過言じゃない」
錠剤に関しては効果を完全に理解してないしな。飲むと三十分間、飲んだ量に応じて五感と身体能力が強化されるっていう漠然とした効果しかわからないし。…扱えるようにはなったが。
「この調子で最後まで突っ切れればいいんだけどなぁ」
先行きはあまりに不透明だ。
「…次はギルグレイズの宝剣を取りに行くんだよね?」
「ああ、うん。…多分ここが一番の正念場になると思う」
*****
―――状況は、わかったけど…なんで…なんで俺なの?…だって俺、魔法とか…使えないし」
「『ギルグレイズの宝剣は、マナを持つ人間が触れて使おうとすれば必ず命を落としてしまうような古代遺物なの。でも、この世界で唯一マナを持たないあなたなら、扱えるかもしれない』」
「え、いや、かもしれない…って、何…?それは、俺だって死ぬかもしれないってことじゃ…ないの?」
「そのリスクを許容できるくらい、『ギルグレイズの宝剣が持つ力は強大』なんだよ。もし扱うことができれば、この世界に敵がいなくなるほどに」
「……あ、そう…」―――
*****
これは、最後にロゼと会った時聞いた話だ。ギルグレイズの宝剣という古代遺物がこの世界には存在し、それは強大な力を持っているみたいだが、マナを持つ人間には扱えない代物らしい。だが、マナを持たない俺には使える可能性があると。
監視は消し、資金は集まった。最後の懸念であるボスの追跡には、ギルグレイズの宝剣の力で対抗するのである。
「…適合できるかな俺」
できなかったら死ぬっぽいんだよな。
「いけるでしょ。いけるいける」
「…ノリ軽すぎだろ」
「ねね、電車乗ったらさ、次新幹線乗るんだよね?」
「まぁそうだね。ギルグレイズの宝剣がある場所が遠いから」
とはいえ国内にあるけど。
「いやー、楽しみだなー。新幹線なんて久しぶりに乗るよ私」
「…だからノリ軽すぎだろ…修学旅行じゃないんだから」
「はーい」
全く。どうしてこんなに危機感が無いのか…。
…いや、そうか。確かにリア・エイレーンは危機感も持てないか。急に命を狙われてるなんて言われても実感はわかないだろうし、クライルの暗殺も、教会での交渉もやったのは俺だけで、リア・エイレーンは欠片もその現場を見ていない。彼女からしたら、待っていればそれだけで事が進んでいくんだから、今の状況の危うさなんて計れる訳がないんだ。ボスやクライルの脅威だって…教えたとはいえ、それだけじゃ実感できないだろうし。
「……ごめん」
「え、なにが」
「…全部だよ。全部。こんなことになっちゃってごめん」
「い、いやいや、全然いいよ。気にしてないって」
「……気にしろよ。別に顔面殴られても俺なんも言わないのにさ…」
「えぇ…別にそこまで……でも、気にしてないのは本当だよ?実際、シンが危ない人だってわかってて近くにいた私も悪いんだし」
「………」
「今頑張ってくれてるじゃん!それだけで十分。シンが悪い人じゃないのはわかってるから」
「…なんだよそれ」
……極悪人だろうが、俺は。
「頼りにしてるよ」
「……わかった」
背筋を伸ばして息を吸い込む。
「もうちょっと速く歩こう。ボスがもうそろそろクライルが死んだことに気づいてもおかしくない。できるだけガナレ地区から距離を離す」
「お、いいよいいよ。私いくらでも速度上げれるから、勝手にシンがペースあげちゃって」
「…じゃ遠慮な―――」
あれ…?
足が止まる。
「…?どうしたの」
全身に鳥肌が立った。リア・エイレーンの錠剤によって強化された感覚が、確実にその気配を掴んだからだ。
……詰んだ?
震える手で口元を抑え思考を巡らす。
「アタッシュケースは…持てるか」
「え、うん。これくらいなら余裕で…」
押し付けるようにして、アタッシュケースをリア・エイレーンに渡す。
「………作戦は失敗した」
「…!!!」
「…自分がやるべきことはわかるな?」
「…おじいちゃんの家を目指して、もし途中で何かあったらシンの家に戻る」
「完璧。それのロックは339になってる。…覚えたら駅に向かって走れ」
頷くと、リア・エイレーンは駆け出した。
みるみるうちに小さくなっていく後ろ姿を少し眺めて、振り返る。
「こんばんは、シン」
黒いコートに身を包んだ白髪の初老の男。元凶が、そこに立っていた。




