71 売店②
「こらこら!売り物に手を出すな」
男の子が持っていた木彫りをすぐさま奪い取り、木箱の上に置く。
「駄目だよ、商品勝手に手に取っちゃ。マナーだからマナー、な?」
まくし立てつつ、内心よかったと安堵した。あのままだとおそらく口論に負けていたので、これで一旦仕切り直しができる。ありがとうクソガキ。
「ご、ごめんなさい」
すると、男の子はしゅんとして、下を向きながら謝った。
…あれ…意外な反応だ。素直に反省するとは…なんか…なけなしの良心が痛むな…。
「あぁ、ごめんね。この人ちょっと言い過ぎだよね…。私は気にしてないから、大丈夫だよ」
リア・エイレーンがすぐさま男の子に駆け寄る。
「ぅぅ…ごめ…ごめんなさぃ…」
「大丈夫。大丈夫だからね」
…な、ちょ、泣いてる。この程度で…?…え、これ俺が悪いの?
「ほら、シンも謝って」
「えぇ…やだよ…俺悪くないだろ」
「子供泣かしといて何その態度。謝って」
「だから嫌だって。こいつ商品盗ろうとしたかもしれないんだよ?今だって泣いてるのは演技で、隙を見て木彫りを奪い取ろうとしてるかもしれない。歳がいくつだろうが、俺は信用できないやつに誠意を見せる気はない」
「…ならいいよ」
こちらを見ずにリア・エイレーンは男の子の背中をさすっている。
「ぅ……ひっぐ……」
「よしよし」
「………」
すると、介抱のおかげもあってか男の子はすぐ泣き止んだ。
「ごめんなさい…」
「謝らなくていいよ。盗もうとしたんじゃないもんね?」
「……うん」
「なら大丈夫!ね?」
少しづつ、男の子が元気になってきた。
「かわいかったから…さわりたいなって……」
「ああー!!そうだよね、よくできた木彫りだもんね!触りたくなっても仕方ないよね~」
「…うん」
「…私にも事情があって、タダで渡すことはできないんだけど…でも、しばらくここで木彫りを売ってると思うから、いつか買いに来てね」
「うん…!いつか、かう!」
返答を聞いて、リア・エイレーンは優しく笑った。
…いつか、ねぇ。その言い方は少しずるいんじゃないか?
二人のやり取りを眺めながら、心の中で呟く。
リア・エイレーンはお金が貯まれば、このスラムを出ていく。で、この調子だと1~2週間で貯まりきる。いつかのタイムリミットがそれまでだと、きっとこの子は………。
「おい」
リア・エイレーンと話している男の子に声をかける。小さな肩がビクンと跳ねた。
「………なに」
「木彫りいる?」
ポケットから取り出した剣の木彫りを見せる。
「え、い、いいの…?おかねは…」
「いらねぇよ。無料。ま、欲しくないならあれだけど」
「ほしい!!」
すぐさま男の子はこちらに走ると、剣の木彫りを手に取った。
「おおー!かっけぇー!」
「そうか。なくさないように気をつけろよ」
「うん!」
「あとさっきはごめんな」
「いいよ!」
せっかく謝ったのに、男の子はすぐさまリア・エイレーンの方に行く。俺の渡した剣の木彫りをずっと自慢していた。
◆◆◆◆◆◆
「おねえちゃんもおにいちゃんもありがとう!またね!」
やがて、ひとしきり自慢した後男の子はどこかに走り去っていった。
「全く…台風みたいだな。ガキってのは」
「あんたもガキでしょうが」
リア・エイレーンに後頭部を手刀でポンと叩かれる。
「はぁ~?少なくともさっきのやつよりかはガキじゃないね」
「ただの木彫り百万で売ろうとしたくせに?」
「…その話はもうやめよう。反論ができない。会話じゃなくて、それじゃ一方的な蹂躙だよ」
「でも悪いのはシンじゃん」
「…すいませんでした」
…やべぇ、なんか男の子のおかげでなぁなぁになったかと思ったけど、全然リア・エイレーン怒ってるわ。どうしよこれ。
「…まぁ、そろそろ許してあげるよ。いじめるのにも満足したし」
「マジ!?やっ……え、いじめるっつった今?」
「言ってないよ」
「え、いや…ん?」
「それにちょっと見直したからね。ちゃんとあの子にも謝ってたし、木彫りもあげてたし」
「あ、うん」
「………」
リア・エイレーンが少し口を閉じる。
「…ねぇ。シンは、どうして暗殺者なんかやってるの」
そして小さな声で、俺に聞いた。
「?どうした、急に」
「なんでもいいでしょ。答えてよ」
「…やんなきゃ…殺されるから、かな」
「……なら、さ。その―――」
「おーい!!おにいちゃーん!」
リア・エイレーンの言葉が終わる前に、遠くの方から大きな声が聞こえた。声がした方を見ると、こちらに走ってくる男の子の姿が見えた。俺が剣の木彫りを渡した子だ。
「お、おお。どうしたよ。なんかあったか」
「おにいちゃんに、きぼりもらった、おかえしにきた!!」
「お?お返し?」
「これ!」
小さな手から差し出されたのは、丸くてすべすべした石だ。
「…石?」
「うん!さっきみつけた!きれいでしょ!」
「石の中では…まぁ綺麗だな」
「あげる!」
「おお、そうか」
「じゃあね!」
すぐに男の子はまたどこかに消えた。ポカーンとしながら掌にある石を見つめる。
「お返しが石って…くく、ガキ過ぎるだろ。全然嬉しくねー。…あ、そうだエイレーンさん。さっきの話の続き……」
リア・エイレーンの方を向き直した時、言葉が途切れる。彼女が少しだけ目を見開いて、硬直していたから。
「…どうした」
「シンも…笑うんだ」
「は?そりゃ笑うだろ」
「…初めて見た」
「そうか?」
変な反応をするなと思いつつ、再び掌を見る。そこに置かれた小さな石を、ふと握りしめた。




