69 進展
◆◆十数分後◆◆
しばらく安静にした結果、俺は今新たなステージに到達していた。この体の状態をコントロールできるようになったのだ。なんと聴覚の制御ができるようになった。聞きたい音に集中すれば、その音をピンポイントで聞き取ることが可能になったのである。以前までは小さい音から大きい音まですべてを拾っていたが、今は…例えばこの部屋の机でリア・エイレーンが木彫りを作ってる音だけを聞き取ったりすることができるようになった。そして…。
「エイレーンさ~ん。元気ー?」
「え、何。元気だけど」
「おお、奇遇だね。俺もちょうど元気になってきたところ」
「それはよかったけど…これはどういう会話?」
他人の声を聞き取ることができるようになり、会話も可能になった。そう、俺はこの感覚過敏の状態を完全に克服したのである。
………聴覚だけは。
普通に…視覚や、触覚とか、耳以外の五感は全然制御できていない。あれからずっと目は閉じたままだし。
耳もまぁ、どう頑張っても音が入ってくるから制御せざるをえなくて、結果コントロールができるようになったという感じである。
…はぁ。さっさと体元に戻んないかなぁ。
お腹が空いているのでご飯を食べたいし、水も飲みたい。でも、多分味覚も過敏になってるからまだそういうことできないんだよな。
…食パン食べたいな。リビングにあるのリア・エイレーンに取ってきてもらおうか……ん?
リビングの方を意識したとき妙な感じがした。目を閉じているし、なんなら目線すら天井に向いているのに、リビングの様子がぼんやりと…わかった。
…なにこれ。
透視という程ではなくて、今リビングに何があるとかそういうのはわからない。ただ、リビングに誰もいないというのがはっきりとわかった。
なんだ?これ。もしかして…人の気配を探知してるのか?…もしくはただの思い込みで…人の気配が探知できてると勘違いしてるだけ?
試しにこの部屋に意識を向けてみる。すると、リア・エイレーンのいる方からモヤモヤを感じた。
…え。これできてる?探知できてるのか?人の気配。…でもなぁ、別に通常の俺でもこんだけ近けりゃ人の気配わかるしな。もっと遠くの方を探知できるなら話変わってくるけど。…ちょっとやってみるか。
深く、集中する。水面を広がる波紋ように、意識を広く薄く伸ばしていく。
…変な感覚。
自分がぼやけていくような気分だ。体の内側と外側の境界が曖昧になって、空間に少しずつ溶けていく。脳への負荷はあまり感じないが、もしかすると、これはやりすぎると駄目なやつかもしれない。
…もうやめるか。
具体的にどこまで広がったのかはわからないが、これ以上は危険と判断して意識を伸ばすのをやめた。その時だった。
誰か…見てる?
こちらを観察する誰かの気配を感じた。具体的にどこからかはわからないが、大体この部屋の窓の向こう側からだ。
咄嗟に、体を起こし目視で確認する。しかし窓にはカーテンがかかっていてその先は見えな―――
「痛った”あ”あ”!!!」
頭の奥で、弾ける激痛に叫ぶ。
「だ、大丈夫!?」
リア・エイレーンが作業を中断して俺のそばに近寄ってきた。
「いや…!!大丈夫…!目を開けると、こうなること…忘れてた…!」
「…頭が…痛いんだよね。冷やす?保冷剤持って来ようか?」
「…いらない…!もうすぐ……収まるから…」
「………」
あ”あ”あ”…まじで痛すぎる。なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ。ちょっと怪しい薬飲んだだけなのに!!
「…ごめんね」
「え…!?何が…!」
「その…シンに薬飲ませちゃったから。私が止めてれば、こんなことにはならなかったのに…」
「えぇ?いやいや、エイレーンさんが気に病む必要ないでしょ…!飲みたいって無理言ったの俺だし…!普通に…自業自得……!」
「………」
「ま…!なんとかなるよ…!今までだって死にそうな時いっぱいあったけど、最終的になんとかなってたし…。明日になれば…どうせ元気になってる…」
「…そっか」
「だからさ、俺のことは気にせず木彫りを作ってくださいよ、リア・エイレーンさんは。明日売店やるんでしょ?」
「木彫りは…いいや。疲れたし、しばらく休憩する」
「あら、そうですか」
それからは、俺は寝込んでいて特に会話をすることはなかった。リア・エイレーンはずっと、俺が寝ているベッドの横にある椅子に座っていた。




