68 オーバーヒート
「……ン…!シ………ど……た…!!」
上から…リア・エイレーンの声が聞こえる。でも、ノイズのようなものが邪魔をして途切れ途切れでしか聞こえない。
全身の感覚が曖昧だ。体に、力も全く入らない。
…普通に死にそう。
恐ろしいのはこんなに死にそうなのに、どんどん感覚が鋭敏になっているところだ。五感が研ぎ澄まされ、意識もはっきりと明瞭になっていく。
変な状態だ。五感が研ぎ澄まされているのに、リア・エイレーンの声は相変わらず全然聞きとれないし、体に力も入らないまま。多分、急激に拡張された感覚に体がついていけてないんだろう。耳に関しては、家の微かな軋み、俺達二人の心音、遠くのほうの足音まで聞こえるし。というか、そういう音がノイズになってリア・エイレーンの声が聞こえてない。掌で木の床を触れている感じも変だ。触れているだけなのに、なんというか床を手で食べているような感覚がする。
とにかく、頭に入ってくる情報量が多い。目はつぶっているので、肌、耳から入る感覚しか脳には入ってこないのだが、それを処理するだけで頭が沸騰しそうだ。
ただ幸運なことに、この状態にもだんだん慣れてきた。もう立ち上がれそう。
少し水を飲みたいな。それで一息つきたい。
…いや、五感が強化されてるから、もしかして水飲むと大変なことになるか…?味覚が鋭敏になってるってことだし…。まぁいいや。とりあえず立つか。
うつ伏せに寝転んだ状態から、片手を床について上半身を持ち上げる。
バキッ!!
「んえ!?」
瞬間掌から伝わる衝撃と、過敏になった聴覚に突き刺さる音。反射的に目を開けて、床についた左手を見た。
そこには穴が開いていた。掌が掴んだ、床の部分に。
軽く力を込めた手の指が、床をえぐり取ってしまったらしい。それで穴が開いてしまった…みたいだ。
え、これ五感だけじゃなくて、身体能力も強化さ―――
「あ”あ”あ”あ”あ”!!!」
突如として頭に強烈な痛みが走る。せっかく持ち上げた体が再び床に倒れて、頭を両手で抑えた。目を開けたことで流れ込んだ膨大な視覚情報に、脳が耐えられなかったんだろう。脈打つような鋭い痛みが、頭の奥の方で暴れている。
…マジで…なにこれ…。爪剝がれた時よりしんどい…。
目には涙がにじんで、もう動けなかった。頭も痛いし耳もおかしいし、手の感覚も気持ち悪いし最悪だ。
…体の状態が収まるまでじっとしておこう。またなんか動いてさっきみたいに痛みがきたら……耐えられない。
うつ伏せになって、ヒューヒューと喉を鳴らしながら息をする。とにかく体調が回復するのを待った。
「………と、…なん………に…」
リア・エイレーンがまた何か言っている。相変わらず聞き取れない。
「大…丈夫。多分…横になってれば…回復…する」
しかし俺のことを心配しているのは確かだったので、返事をしておいた。
「ど……み……………じゃ…な………」
耳がイカれているので自分の声は聞こえなかったが、リア・エイレーンから反応があったのでちゃんと言葉を出せたみたいだ。これで少しは安心してくれるといいが…。
「あ……に…な…て」
…?次はなんだ。俺になんか指示してる?
「…ごめん。今耳がおかしくて…もう一回言ってくれる?」
「あお……に…なって」
あお………仰向けになってって言ってる?…どういうこと?別にいいけども。
うつぶせの状態からゴロンと横に転がって仰向けになる。手足をだらんと伸ばして、死んだカエルのような状態になった。すると、リア・エイレーンが伸びている右腕を掴んで、俺のお腹の上に乗せる。
…?
左手も同様にお腹の上に乗せられた。
何してんのこれ…?
混乱している俺をよそに、リア・エイレーンは仰向けになった俺の体と床の間に両手を差し込む。片手はちょうど肩甲骨があるあたり、もう片方は太ももの裏側に入っている。
「…くび……から…い…て。……持ち……るか…」
「…あの、これ何を…」
「…ち……じて……した…むよ」
う~ん、なんて言ってるんだろう。段々聞き取れるようになってきたけど、まだ全然―――
その時、体がグイッと持ち上げられた。
「ひゃ!?」
唐突に感じた浮遊感にびっくりして、変な声が出る。
い、いいい今何が起きた!?え、抱っこされたの俺!?リア・エイレーンに!?どどど、どどどういうこと!?
抱っこといってもお姫様抱っこだ。持たれてる感覚でわかる。膝から下が浮いていて、背中と太ももの裏が手で支えられていて、あと…右腕に…ちょっと柔らかい感触が―――
だああああああ!!考えるな馬鹿!やめろ!!これは…あれだろ、善意だろ!!それを仇で返すつもりか俺!!!
「………て………の……」
あーーもうなんて言ってるか全然聞こえねぇ!!!俺の心音がうるさすぎるせいだ!!わけわかんないよぉお!!ただでさえ体が変なのに、なんでこんなに刺激の強いことが起きるの!?いや、そりゃ…嬉しいは……嬉しい、けど…それはそれで辛いよ!めっちゃ吐きそうだよ!!あと心臓がとんでもないことになってる!音もやばいけど一秒に三回くらいドキドキしてる!!このままだと、こ、壊れちゃう!!!!
思考と体が限界を迎えようとしたとき、ポンと、抱きかかえられていた俺がどこかに降ろされる。
…あ……お、降ろされた。
背中に感じるのは布の感触。
これは…リア・エイレーンの部屋のベッド…。…なるほど…ここに運ぶために俺を抱っこしたのか。リア・エイレーンは。
「…ありがとう」
「………」
相変わらず俺の心音がうるさくて、返事は聞き取れなかった。まぁ、感謝が伝えれたならそれでいいか。
…てか、女の子の体って柔らかいんだな…。




