65 観測者
「俺はやってない。…神に誓う」
目を逸らすことも無く、俺ははっきりとそう告げた。
するとリア・エイレーンは驚いたような顔をしてから、少しして、口を開いた。
「…は~あ、何言ってるんだか」
「疑われるのは仕方ないと思ってる、でも本当に―――」
「神に誓っても意味ないでしょ。神様なんていないんだから」
「え、そ、そっち?」
「そっちって何?」
「い、いや、てっきり俺の言ったことを疑ってるのかと…」
「別に疑ってない。信じるよ。…信じてあげる」
「あ…ありがとう…」
リア・エイレーンは前を向き直して、止めていた歩みを進める。後ろ姿を見ながら、心を落ち着けるために深呼吸をした。
…これでよかったんだろうか。…いや、正解かどうかとかそういう基準で…嘘つくって決めてないけど。ただ…そうするべきだと思って。…じゃあ、この胸のモヤモヤはなんだ?何か…突っかかるような…見落としている気がするような…。
「…シン?どうしたの?」
「ああ、ごめん!」
いつも間にか、前を歩くリア・エイレーンとの距離がとてつもなく離れていた。少し駆け足で彼女のもとへと近づく。
「気分悪いの?」
「体調はいいよ。ちょっとボーっとしてた」
「…本当に大丈夫?」
「平気だよ、平気。リア・エイレーンさんが心配しすぎなだけ」
「…あっそ」
再び、俺の家に歩き始める。
「…ちょっと話変わるんだけどさ、前々から思ってたんだけどフルネームにさんづけするのやめてくれない?気持ち悪いから」
「!?だ、だめなのこれ!?」
「駄目じゃないけど、なんか気持ち悪い」
「…じゃ、じゃあ…なんて呼べばいいんだよ…」
「え、普通に『エイレーンさん』でいいんじゃない」
「いやぁ……それ…なぁ…」
「え、ん?どういう反応なの、それ」
◆◆1週間後◆◆
リア・エイレーンが家に住むようになってから、かれこれ1週間が経った。そして、その短い期間で俺の生活は一変した。
まず、俺の部屋が無くなった。正確には、この家の寝室が俺の部屋だったのだが、そこがリア・エイレーンに取られた。俺の私物は全てリビングに移動するはめになった。そして、寝室が取られたので俺はリビングで寝袋に入って睡眠をとるようになった。一時はソファで寝ていたが、起きた後に首が痛すぎたためやめた。最後に、毎朝が賑やかになった。大体朝の5時半になると―――
「おはよー」
こうして俺の寝室だった部屋の扉を開けて、リア・エイレーンがリビングにやってくるからである。
「…おはよう」
無視すると寝袋をげじげじ蹴られるので、寝ながら適当に返事をする。
「…ねぇ、シンもやっぱりベッドで寝たいなって思う日あるの?」
「んぇ…」
いつもなら起きたらすぐに朝の支度を始めるのに、今日は珍しくリア・エイレーンが話しかけてきた。
「…別にない」
「本当に?」
「ないよ…。てか、あれだよあれ…お前、多分今が…成長期だろ。のびのびと寝なさい、子供は…」
「…いや、あんたのが子供でしょ。というか、成長期もう終わってるよ私」
「………ん…あぁ…。……ごめん…ちょっと眠いから寝る」
「あ、逃げた」
◆◆数分後◆◆
「ちょっとシン~。私お腹空いた~」
朝の支度を終えたリア・エイレーンが、椅子に座りながら何か言っている。
「無視しないでよ~、芋虫さ~ん」
面倒だから寝たふりをしていると、テーブルの下で寝袋をしいて寝ている俺の脇腹が、げじげじと蹴られ始めた。
「ちょ、ああもう、蹴るな蹴るな!!寝かせろ俺を!」
「無視する方が悪いんです~」
「ごめんって!何、なんて言ってたっけ?俺が芋虫なんだっけ?」
「ご飯作って」
「ええ~。なんか前作んなくていいって言わなかった?冷蔵庫なんもないよ…ってか蹴るのをもうやめろぉ!無視してないでしょ今!?」
「あははー。ちょっと楽しくて」
「俺は楽しくない!」
たまらず寝袋から脱出する。
「えー、起きちゃうの?」
「もう蹴られたくないし。…てか、飯作って欲しいんだろ」
「あ、作ってくれるんだ」
「なんだよ他人事みたいに。お前が頼んだんだろうが」
「めっちゃウザがらみしたのに、優しいね」
「……自覚あるならやめてくれない?」
◆◆◆◆◆◆
「おお~、すご~い。質素だけどちゃんと朝食してる。シンって料理できるんだ」
「いや全然できないよ。作ったのだし焼き卵だけだし」
テーブルに並んでいるのは、インスタントの味噌汁と、だし焼き卵と、白米。あり合わせだとこれだけしか作れず、文句言われそうだと思っていたのだが意外と好評である。
「いただきまーす」
「…いただきます」
席について、お箸で白米と一緒にだし巻き卵を口に運ぶ。いつも通りの味だなと思いながら、咀嚼して飲み込んだ。
「お~、おいしい。和食とか全く食べたこと無かったけど、結構いけるね」
「…それはよかった」
…そういえば、ここらへんって俺のいた世界で言う西欧みたいなとこだから日本食って珍しいのか。
「あれ、思ったんだけどエイレーンさんってお箸使えるの?」
「使えるよ。昔練習した」
「ならよかった。この国ってナイフとフォークでご飯食べるのが普通なの忘れてた」
「…なんかさ、シンってここら辺の人とは文化が違うよね。ちょくちょく私びっくりするもん」
「……まぁね」
味噌汁をずずずと啜りながら返す。
「ほら、それとか」
「……?」
「スープ飲むとき音立てるじゃん」
「ああ、そっか。ここだとマナー悪いのかこれ」
「私はあんまり気にしないけどね」
◆◆◆◆◆◆
「いってきまーす」
朝食を食べ終えてリア・エイレーンが外へと出かける。
「いってらっしゃい」
慌ただしい時間も終わり、静かになったリビングで食器を洗っていた。
…俺は食器洗いが嫌いだ。単純に面倒だから。洗い物を減らすために紙コップや紙皿を使うこともしょっちゅうだった。でも、何故か最近はそうでもない。
…最近というより、リア・エイレーンが来てからは…そうでもない。
「………」
…いいことなのかな…これって。
◆◆????◆◆
「ボスに、シンの様子がおかしいから監視してくれって頼まれたけど…なるほど、女ができたのか」
廃屋の中に身を潜めながら、シンの家から出て走っていく黒髪の少女を見て呟く。
「あいつも男だしな。何も言われなきゃ彼女くらいつくるか」
ポケットから取り出したメモ帳に観察の結果を記入した。
「…これ、どう処理するんだろうなボスは。ま、俺の知ったことじゃないが―――」
突然、記憶が蘇る。魔法使いの暗殺依頼を受けた時のことだ。あの時…情報収集をしてる最中、俺はこの女を見たことが…ある…。
「あの女…キセル・エイレーンと同居してたやつ…か?」
…自分で言ってて、訳が分からない。あいつキセル・エイレーン暗殺したんだよな?殺したやつと一緒に住んでたやつ、と今同居してる……?
…は?
「……何してんのあいつ」




