63 トラウマ
「…ぅ…ッ…!!」
口を手で覆いながら、人気の無い方へ走る。
「え、ちょっとシン!」
誰もいない裏路地を見つけてそこに駆け込んだ。
「…ぉ…ッ…え……」
吐しゃ物が地面に広がり、あたりに酸っぱい匂いが漂う。眩暈、動悸、吐き気は治まる気配を見せなかった。
「急に走ってどうした…の…」
荒く呼吸する口を震える手で抑えてうずくまっていると、リア・エイレーンが追い付いてきた。
…最悪だ。こんなところ見られるなんて。だから…昼間は外行きたくなかったのに…。
「ごめん…大丈夫だか、ら。先…帰ってて……ぅ…ッ…」
「だ、大丈夫じゃないでしょ。なんでそんな、え、どうしたの…?」
「なん…でもない…から…!」
「は、はぁ?なに、強がってんの…意味わかんない…」
静かな路地裏で、ヒューヒュー、という呼吸音だけが響く。人に見られていることへの羞恥心なのか、我慢していた涙がとめどなく溢れてきた。
「だから…どっ…か、いけって…言ってんだよ…!!…突っ立…ってんじゃ、ねぇよ…!!」
自分でも酷いことを言ってると思った。でも、とにかく、視線が辛かった。ただでさえ気分が悪いのに、見られてると思うと、胸が締め付けられて…苦しい。
「……見ないで…見ないでよ……!こんなとこ…」
これだけ言っても、リア・エイレーンは俺の近くから離れない。
さっきの冗談もそうだけど、性格悪いのかなこいつ…。あー、やば…また吐きそう。吐いてるとこ見られたくないな…我慢するか…。
「無理に我慢しない方がいいよ」
リア・エイレーンがすぐ横に座り込んで、そっと俺の背中に手を置いた。
「…我慢…してない…」
「喋らなくていいから」
優しく背中をさすられた。それで症状が緩和したわけでもなかったが、少し…安心して…。
「…ぉ…ぇッ……」
胃の中の物を全部出し尽くした。
「はぁ…はぁ……」
呼吸のリズムに合わせて、リア・エイレーンは俺の背中をさする。しばらくすると気分が良くなってきた。
「ごめん…もういいから」
でも、それが気持ち悪くて急いで立ち上がった。まだ微かに震えているのを隠すために、ズボンのポケットに手を突っ込む。
「…本当に?」
「うるさい」
「ひっど。自分はお節介焼く癖に…人にされたら怒るんだ」
「………ごめん」
「いいよ。怒ってないから」
なぜかリア・エイレーンはやけに優しい。
…正直困惑してる。俺のイメージだとこういう時こいつは、もっとこう無視するとか、蔑んだりするもんだと…。
「ねぇ、帰ろうよ。日が沈んじゃうよ」
「…あ、うん」
促されるままに彼女の後ろをついて歩く。人通りがほぼない道を選んでいるみたいで、気を遣ってくれているみたいだった。
◆◆◆◆◆◆
「…ねぇ、なんで取り乱してたの?」
しばらく歩いていると、リア・エイレーンが口を開く。
「…なんでもいいだろ」
「よくないよ。どこに地雷があるのか知っとかないと対策できないでしょ。また同じことになっても困るし」
「………」
「へぇ~、黙るんだ。私の秘密はたくさん知ってる癖に、自分のことは―――」
「そ、そうじゃない…!!話す…から…ちょっと待って…」
「あ…ごめん。追い詰めるつもりは…なかったんだけど」
ゆっくりと歩きながら呼吸を整える。決心がつくまで、思っていたより時間はかからなかった。
「……怖いんだ…小さい子が」
「………」
「1か月くらい前に…俺のせいで、…………を………俺が…俺が……楽になりたいからって…俺が……お、俺が……」
「す、ストップストップ!もうよくわかったから。…ごめんね、嫌なこと聞いたね私」
いつの間にか立ち止まっていた俺に、リア・エイレーンが駆け寄る。
「…ちょっと座る?」
「…いいよ。それより、早く家に帰りたい…」
「わかった」




