56 騙る
◆◆ガナレ地区はずれ 山中◆◆
「今日はラッキーだったな。こんな上物が見つかるなんて」
「そうですね!アニキ」
「うっかり落として傷つけるなよ?」
「わ、わかってますよ」
「冗談だよ、ははは。そうだ、明日なんかうまいもん奢ってやるよ。何が欲し…い……?」
言葉が途切れたのは、音が止まったからだろう。荷台が移動するときの、ゴロゴロとした音が止まったから。
「おい…どうした?」
何か違和感を感じると、人は無意識にそっちを見てしまうものだ。時には違和感さえ、暗殺に有効な武器になる。
現にこいつは、さっき殺された相方に夢中で、前から歩いてきている俺に気づいていない―――
◆◆◆◆◆◆
「はぁ~、やっちゃった」
並んでいる2つの死体を見ながら呟く。
「ま、いいか。あとはこの女の子をどっかに預ければそれでもう終わりなんだし…」
今日のことはもう忘れよう。俺は誰も助けなかったし、誰も殺さなかったんだ。
意識を失った少女が乗った台車を押して、山からスラム街へと出る。しばらくして、ふと思った。
…あれ…?…まてよ……今からこの子をどこかに預けるなんて…もしかして不可能じゃないか?
この子は今意識を失っている状態だ。それを俺が持っていくって、どう考えてもやばい。スラムを出て、都市部の警察に保護してもらおうと思ったけど、無理だ。俺多分凄い疑われるし、しかも今人殺しちゃってるし。
「え…ど、どうしよう…」
やばい。頭が真っ白になりそう。最悪だ。…くそ…!だから人助けとか…やらないようにって…。
「いや待て。俺の家に一旦連れてって、女の子が起きたら、自分から警察に行ってもらえれば…!」
それならいける。でも…いいのか?俺の家なんかに連れて行って。俺は…。
こいつの父親を殺したんだぞ。
「………」
心拍が、嫌な乱れ方をしている。今までにない…初めての感覚。でも、似たようなことは経験したことがある。…あれだ、初めて人を殺した時にもなったやつ。これはそれのもっと酷い版だ。
ああ、そうか、これはつまり。
罪悪感。
はは、何を今更。…なら、もう、いっそこいつも殺―――
「それはダメだろ!!」
浮かんだ最悪の考えを消すために、叫んだ。
「大丈夫だ。起きるまで匿って、起きたらすぐ警察に行くだけ。それだけだ。大丈夫、大丈夫」
…あの時の二の舞には…なるもんか。
◆◆リア・エイレーン◆◆
「……はッ!!」
勢いよくベッドから上半身を起こして、周囲を確認する。
「え…ここ、どこ…」
私、ついさっきチンピラに襲われて…気絶したはず…だよね。
「ここに運ばれたの…?」
こんなに生活感あふれる部屋に…?
「意味わかんない意味わかんない。あいつらが私を運ぶとしたら、きっと物置みたいなとこでしょ。…あ、ってことは私、もしかして誰かに助けてもら―――」
突如、頭痛が鈍く響く。
「痛っ…。吸わされたやつのせいかな…。じゃないや、私がいつもの薬飲んでないせいだ」
探してみると、ベッドの横にある小さな机の上に身に着けていたポーチがあったのを見つけた。
「わぁ…親切な人。誰がやったか知らないけど」
ポーチの中から、護身用のナイフと錠剤の入った瓶を取り出す。瓶からの中の錠剤を一粒飲んで、ベッドから立ち上がりナイフを握りしめる。
窓から抜け出して逃げるか迷ったけど、隙間から光が漏れているドアのノブに手をかける。物音がするから、多分このドアの先には人がいるのだろう。
最大限の警戒はしよう。でも少しだけ、信じてみたい。向こう側の人のことを―――
◆◆メイ◆◆
ガチャ
家に帰って、飯を食っている最中。俺の寝室の扉が唐突に開いた。
中から出てきたのは、短い黒髪に赤い目をした少女。おそらく名前はリア・エイレーン。ついさっき俺が家に運んできた子だ。意識を失っていたから俺の寝室に寝かせたのだが、結構早いな、目覚めるの。
少女がこちらの目をじっと見つめてくるので、こちらも一応見つめ返しながら、口の中のものを咀嚼し、飲み込む。
「…あの…なんか、食べ…ます…?」
お腹空いてるかなと思ったので、まずは軽く聞いてみた。
「…噓でしょ。まさかあなたが、私のこと助けてくれたの…?」
返答から察するに、どうやらこの子は今お腹空いてないらしいことがわかった。
「あ、まぁ…そうですね」
「え、ど、どうやったの…?あなた子供じゃない」
「だって、相手隙だらけだったし…」
「それじゃ答えになってないよ…どうやって私を助けたの。どうやって、あの人達から私を…」
「…そりゃ殺してでしょ」
「…殺…して?え、何…」
「だから、あの二人を殺して、その後にリア・エイレーンさんを台車に乗せて僕の家まで運んだんだよ。助けた方法はこう」
「…殺して…って。…え?何言って…ていうか、なんで…私の名前知ってるの…!?」
あ、やべ。
「いや…その、君のお父さんから聞いてて」
「…はぁ!?嘘つかないで!!お父さんの知り合いにあんたなんていない!!」
「ああ、違うって!!知り合いじゃなくて!!その…えっと…!」
やばい、めっちゃ殺気立ってる。これは、正直にお前のお父さん殺した時に聞いたって言うべきか…!?
「あなたも、もしかして私のこと―――」
まずい、これはもう言うしか…!!
「頼まれたんだ…!!」
「…え?」
「…仕事帰りだった!!いつもの帰り道、それで、ずっと開店準備中になってる喫茶店の横を今日も通った!ただ、その時は少しいつもと違った…喫茶店の鍵が開いてたんだ!ドアがなんか、微かに開いてて、それで気づいた…」
「………」
「好奇心で中に入ったんだ。いっつも閉まってたからさ、気になっちゃって…そこで、見た。死にかけの…君のお父さんを。見つけた瞬間、びっくりしちゃって、しばらく立ち止まってた。そしたら、君のお父さんに話しかけられて、娘のリア・エイレーンを、助けてほしいっていう…そういう話をされた」
「………」
「だから!君を助けたし、名前も知ってたんだ!それが…全て」
…はは、何が全てだよ。ほぼ嘘っぱちじゃねえか。
「…そう」
でも、いいんだ。本当のことを言ったら…多分この子は俺を許せなくなる。そしたら、この子を無事に保護するどころの話じゃなくなる。
「わかった」
別にどれだけ恨まれても、殺されても構わない。けど、それでこの子が自分の人生より復讐をとってしまったら…最悪だ。だからこれでいい。
「…あなたって、私のことこれからどうするつもりなの」
「リア・エイレーンさんの体調が落ち着いたら、都市の警察のとこいって、こう保護でもしてもらおうかなって」
「…お父さんから何か聞かなかった?私のこと」
「…え、いや、特に。…でも、なんか…ちょっとうちの娘は普通とは違うみたいなこと言ってような…気も…」
「そっか。…じゃあ体調が良くないから私寝るね。明日になったら警察行くから」
「あ、うん」
…待てよ。リア・エイレーンを警察に連れて行くとしたら、俺結構まずいこと言ってないか。殺したとか、色々。
ま、いっか。処理もしたし、何とかなるだろ。
「1つお願いしてもいい?」
「…ん?何」
「絶対この部屋入んないでね」
バタンと、寝室の扉が閉められる。言っていることは至極まっとうなはずなのに、どことなく…距離感を感じた。




