55 原点
咄嗟に物陰に隠れて、頭を抱えた。
…なんで…は?おかしいだろ。あれから喫茶店に戻って、ずっとあそこにいたの?え、そんな、ば、馬鹿じゃないの?行く当てがないのかもしれないけど、もっとマシな選択肢があるだろ…。
少しだけ物陰から顔を出して、喫茶店の前にいる少女を見る。黒髪でショートヘアーなのは間違いないが、座り込んで抱えた膝に顔をうずめているため、目の色が赤色かどうかはわからない。しかし体格からして十代後半に見えるし、座っているので何とも言えないが、身長も多分俺と同じくらい…おそらく、あの少女は本当にあいつの娘リア・エイレーンなのだろう。
「…って、何いつも通り分析してんだよ。…きもいな、俺」
自嘲気味に乾いた笑いが出る。自分が意味のないことをしているとわかっているからだ。
あの子がリア・エイレーンだったとして俺はあの子を助けないし、リア・エイレーンじゃなかったとしても助けない。だからこの分析に意味はない。
…俺は暗殺者なんだ。俺の手は誰かを殺すためにあるのであって、誰かに手を差し伸べるためのものじゃない。
*****
「…次からは殺せよ。どうせお前に、人を生かすなんて到底出来っこないんだから」
*****
そう、俺には無理。別の道から家に帰ろう。
踵を返して道を戻ろうとした。しかし足は棒にでもなったように固まって、動かない。
「ああ…もう…なんで…、何やってんだよ…俺……!」
どう考えても早くここから去った方がいいのに。助けることができないのなら…今すぐ。でないと、また見ることに―――
「きゃッ!やめて!離して!!」
その時声が聞こえた。反射的に喫茶店の方に視線を移す。
「離してじゃないだろ…?こんな時間に一人でいるなんて…誘ってるようなもんじゃん」
「違う!!死ね、クズ!!」
黒髪の少女が、ガラの悪い男性二人に絡まれていた。
…あ~あ、言わんこっちゃない。
「にしてもお嬢ちゃん、なかなか…いいじゃねぇの」
「…ッ!!最低!!」
「活きもいいね。その方がこっちとしても…って痛ってぇ!こいつ噛みやがった!!おいお前、突っ立ってないでアレ出せアレ!!」
「い、いいんですかアニキ?これは強力な薬って話じゃ…」
「少しなら大丈夫だろ!死にはしねぇ。…ッチ…痛ってぇなぁクソガキ!!おい!!抵抗してんじゃねぇ!!」
少女はなんとか逃げようとしているみたいだが、相手は大人の男性2人。まぁ、どうあがいても無駄だろう。嚙みつきはしたけど、結局殴り返されてもうぐったりしてる。
「おい、今のうちにそれ嗅がせろ」
「わ、わかりました。アニキ」
…嫌なもん見ちゃった。しばらく寝目覚め悪いだろうな。
「いや…やめて…」
「大丈夫大丈夫。すぐ楽になるからね」
…いや、別にそんなことないか。こんなこと、ここじゃありふれた話だ。そのうちの一つが、俺の暗殺がトリガーとなって、目の前で起きているにすぎない。
大したことじゃないんだ、あの子の苦しみなんか。だからどうでも―――
「誰か…助けて…」
遠くで小さく聞こえた少女の声。でも、なぜか耳元で言われたかのように、はっきりと聞こえた。
「おー。これ凄いな。吸わせただけで落ちた」
「そ、そうですね…」
「じゃ、ちゃっちゃと運びますか。俺ここで見張ってるから、お前準備してた台車と袋取ってきて」
「…ッはい」
男達はどこからか持ってきた台車に、大きな麻袋に詰めた少女を乗せるとどこかへと向かっていった。
俺はただ、ずっとその後ろ姿を見つめていた。小さくなっていくその姿が完全に見えなくなった時、俺は…駆け出した。




