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異世界なんて嫌いだ。  作者: うどんずるずるしたい
第二章 暗殺者編

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58 一寸先は

 ◆◆◆◆◆◆


 「酷いことして、ごめん」


 まだ息を整えている俺の横で、座り込んでいるリア・エイレーンが呟く。それからは、何を言うでもなく俺の近くでじっとしていた。


 「…じゃあ、私ちょっとやることあるから」


 しばらくして俺の呼吸が落ち着いたのを確認すると、リア・エイレーンは立ち上がりどこかへと向かおうとした。

 その小さな後ろ姿を見て、漠然と、何か言うべきだと思った。


 「……俺は、暗殺者なんだ」


 少女の動きが止まる。


 「…暗殺者って言うか、人殺してそれで飯食ってる。今まで七人殺した。あと、名前…暗殺者としての名前は『シン』」


 倒れていた状態から、地面に手と片膝をつけて体を支える。


 「…何、急に。私そんなこと聞いてないよ」


 「フェアじゃないから。お前の情報聞いといて、俺がお前に情報渡さないのは、モヤモヤする」


 「はぁ?馬鹿じゃないの…?私あなたのこと殺そうと……」


 「そんな時もあるだろ。父親が死んだんだ、心が不安定になるのも仕方ない」


 「………あなた、まさか、まだ私に手を貸すつもりでいるの…?」


 「え、もちろん」


 「…ど、どうかしてる…私が魔族って話も聞いといて…なんで……」


 「…俺の話を少し聞いてもらってもいいかな」


 調子が戻ってきたので、立ち上がった。


 「最近、蚊を潰した時と同じなんだ」


 「……何が?」


 「俺の手で死体になった人間を見て、思う感想がそれと同じ」


 「………」


 「…たった…七人だ。『たった』って言うのも失礼だけどさ…でも、たった七人殺しただけで、俺はもう人殺しに何も感じなくなっちゃった。…そうなるの、もっと先だと思ってたんだけど」


 自分の掌を見つめる。


 「日に日にってわけじゃない。それでも、ひと月過ぎるごとに、人として必要なはずの何かを失って、代わりに、人を殺す技術が上達する」


 自分の手をもう片方の手で握る。


 「疲れたんだよ…自分が、人じゃなくなっていくのを見るのに。できなかったことができるようになるたび、何を失ったかに怯えるんだ。…でも、まだ俺は…人でいたい。この気持ちは残ってる」


 立ち止まったリア・エイレーンの赤い瞳を見る。


 「だから、俺はお前を助けたい。魔族でも化け物でも、もうなんでもいい…。生かすために生きることが、俺をまだ、人に繋ぎとめてくれると思うから…」


 「………」


 反応はなかった。そりゃそうだ、こんなこと突然言われても困惑するだけだろう。…というか今日はもう疲れたな。

 帰ろう。


 「じゃ、俺家帰るから…。なんか、手伝って欲しいことあったら来てくれれば―――」


 「ちょっと付き合ってよ」


 身をひるがえした俺の手首が掴まれる。


 「ええ…明日じゃダメ…?」


 「今じゃないと駄目」


 本当にさっさと家で寝たかったのだが、俺の腕力ではこの子の手を振りほどくこともできないので、仕方なく彼女に付き合ってやることにした。…何に付き合うのかもよくわからなかったが。


 ◆◆◆◆◆◆


 「でか」


 リア・エイレーンに手を引かれた先にあったのは、大きな本棚だった。だが、中身はすっからかんで埃被っている。

 どうしてこの本棚の前に俺を連れてきたんだろうなと思いながら、ボケーっと突っ立っていた。


 「ちょっと離れて」


 「え、あ、うん」


 今立っている場所から少し後ろに下がる。すると、リア・エイレーンが本棚を押して横に移動させた。


 「おお、力持ちだ……な…!?」


 驚いた。さっきまで本棚があった場所の下の床にハッチがあったのだ。どうやら、この喫茶店には隠された秘密の部屋みたいなものがあるらしい。


 「マジか、ロマンあるなぁ」


 「…ついてきて」


 ちょっとワクワクしている俺に反して、リア・エイレーンは淡々としている。冷めてるなと思いつつ、ハッチの下に潜っていく彼女の後に続いた。


 ◆◆◆◆◆◆


 「ちょ、くっっっらすぎない」


 ハッチを下った先の地下室について、真っ先に抱いた感想がそれだった。


 「はい。これでいい?」


 スマホのライトをつけようとポケットをまさぐっていると、リア・エイレーンが懐中電灯の明かりをつける。


 「あ、ありがとう。てか、明かり持ってたんだ」


 「ここに置いてたやつ。最初から持ってたわけじゃない」


 「あ、そう」


 明かりがついたことで、地下室の全貌があらわになる。パッと見た感じかなり広い。しかし、物とかは全然置かれていなくて、中身はすかすかだ。あと、奥にも、もう一つの梯子があった。


 「あの梯子なに?」


 「秘密の出口。隣の家屋につながってる。…いざとなったら逃げられるようにね」


 「…なるほど」


 逃げ道…ね…。わざわざ用意してるってことは追われる身だったんだろうか、リア・エイレーンとキセル・エイレーンは。危険な魔族と、その魔族を匿う人間ってことなんだし。キセル・エイレーンの悪事については仕事の資料に書かれていなかったが、それはもしかしたら魔族を匿ってるってことだったのかも。

 …でも依頼されたのはキセル・エイレーンの暗殺()()だった。さっきの仮説が正しいなら、大本の原因であるリア・エイレーンも暗殺対象に入ってる方が自然なのに。

 どうしてなんだろう。そもそも娘がいるって情報すらなかったしな。


 「…よかった。ちゃんと残ってた」


 「……ん、何が?…ああ、それは…薬か」


 懐中電灯に照らされているのは、埃被った木の棚に置かれた、十個の薬瓶。


 「ちょっと持ってて」


 「あ、はい」


 懐中電灯を俺に渡し、リア・エイレーンは、ポーチの中に瓶を詰めていく。


 「…ここに来たのってそれが目的なの?」


 「そうだよ」


 「…体、弱いのか」


 「弱くないよ。むしろ強いでしょ」


 「ああいや、肉体的な意味じゃなくて…病気的な…意味で」


 「そっちも含めて弱くない」


 「え、じゃあそれ何?何の薬?」


 「魔族の私が、人を食べなくてよくなる薬」


 「……な!?」


 点と点が、線でつながるような感覚。それほどまでにはっきりと理解した。


 キセル・エイレーンを暗殺した理由は、これだ。


 「…それ作ったの、誰…?」


 「私のお父さん」


 「…それのせいで…その…お前のお父さんは…」


 「殺されたんだろうね」


 「…そうか」


 やっぱり…。


 「お父さんね、ある国で魔法の研究者やってたんだ。すっごく優秀で、昔、国の大きな研究を任された。で、その時の研究成果持ち逃げしたんだって。それが、この薬」


 「……マジで言ってる?」


 あれ、やっぱりどころじゃなかったかも。つまりこいつの父親は―――


 「…国に狙われてたの?」


 「うん」


 『うん』じゃないんだけど…。え、俺とんでもないことに首突っ込んでる?今。


 「あの、質問なんだけどさ、これ…このこと知ってると、なんか、やばい?」


 「やばいんじゃない。お父さんがあれだけ狙われてたんだし」


 「ちょ、え、ちょ待て待て待て待て、なんで教えた!?教えなくてよかったんじゃない!?俺に!」


 「フェアじゃないのは嫌なんでしょ?さっきそう言ってたから」


 「使い方が俺の時と違うと思うよ!?それで損すんの俺じゃん!相手損させたらダメじゃん!」


 「大丈夫だよ」


 「はぁ!?何が―――」


 不意に、リア・エイレーンが俺に近づく。ふわっと甘い香りがして、心臓が跳ねて、息が詰まる。


 「もし、私が捕まったら。あなたも道連れしてあげるから」


 そっと囁いて、少女はまた俺から離れていった。


 「…はぁ…!?」


 「じゃあ、もう用が済んだから。()()の家に帰ろう」


 …えぇ!?こいつ急に、俺の家来る気なったんだけど!?何!?どゆこと!?あとさっきのもなんだよ!!


 「いや、そんな急に…!?」


 「ほら、早く帰ろうよ。疲れてるんでしょ?梯子上がって」


 「え、あぁ…はい…」


 …もう、よくわからん。


 梯子を上りながら考える。


 …この子俺のこと嫌いなの、嫌いじゃないの…?どっちなの…?








 ◆◆◆◆◆◆


 「おーい、まだ来ないの?」


 私と、お母さんとお父さんが写った写真立てを見ていると、上から声がかけられた。


 「ごめん、今行く」


 梯子の方に歩く。


 「…とことん利用してから捨ててやる」


 その途中で小さく吐いた言葉が、彼の耳に入ることはなかった。

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