58 一寸先は
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「酷いことして、ごめん」
まだ息を整えている俺の横で、座り込んでいるリア・エイレーンが呟く。それからは、何を言うでもなく俺の近くでじっとしていた。
「…じゃあ、私ちょっとやることあるから」
しばらくして俺の呼吸が落ち着いたのを確認すると、リア・エイレーンは立ち上がりどこかへと向かおうとした。
その小さな後ろ姿を見て、漠然と、何か言うべきだと思った。
「……俺は、暗殺者なんだ」
少女の動きが止まる。
「…暗殺者って言うか、人殺してそれで飯食ってる。今まで七人殺した。あと、名前…暗殺者としての名前は『シン』」
倒れていた状態から、地面に手と片膝をつけて体を支える。
「…何、急に。私そんなこと聞いてないよ」
「フェアじゃないから。お前の情報聞いといて、俺がお前に情報渡さないのは、モヤモヤする」
「はぁ?馬鹿じゃないの…?私あなたのこと殺そうと……」
「そんな時もあるだろ。父親が死んだんだ、心が不安定になるのも仕方ない」
「………あなた、まさか、まだ私に手を貸すつもりでいるの…?」
「え、もちろん」
「…ど、どうかしてる…私が魔族って話も聞いといて…なんで……」
「…俺の話を少し聞いてもらってもいいかな」
調子が戻ってきたので、立ち上がった。
「最近、蚊を潰した時と同じなんだ」
「……何が?」
「俺の手で死体になった人間を見て、思う感想がそれと同じ」
「………」
「…たった…七人だ。『たった』って言うのも失礼だけどさ…でも、たった七人殺しただけで、俺はもう人殺しに何も感じなくなっちゃった。…そうなるの、もっと先だと思ってたんだけど」
自分の掌を見つめる。
「日に日にってわけじゃない。それでも、ひと月過ぎるごとに、人として必要なはずの何かを失って、代わりに、人を殺す技術が上達する」
自分の手をもう片方の手で握る。
「疲れたんだよ…自分が、人じゃなくなっていくのを見るのに。できなかったことができるようになるたび、何を失ったかに怯えるんだ。…でも、まだ俺は…人でいたい。この気持ちは残ってる」
立ち止まったリア・エイレーンの赤い瞳を見る。
「だから、俺はお前を助けたい。魔族でも化け物でも、もうなんでもいい…。生かすために生きることが、俺をまだ、人に繋ぎとめてくれると思うから…」
「………」
反応はなかった。そりゃそうだ、こんなこと突然言われても困惑するだけだろう。…というか今日はもう疲れたな。
帰ろう。
「じゃ、俺家帰るから…。なんか、手伝って欲しいことあったら来てくれれば―――」
「ちょっと付き合ってよ」
身をひるがえした俺の手首が掴まれる。
「ええ…明日じゃダメ…?」
「今じゃないと駄目」
本当にさっさと家で寝たかったのだが、俺の腕力ではこの子の手を振りほどくこともできないので、仕方なく彼女に付き合ってやることにした。…何に付き合うのかもよくわからなかったが。
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「でか」
リア・エイレーンに手を引かれた先にあったのは、大きな本棚だった。だが、中身はすっからかんで埃被っている。
どうしてこの本棚の前に俺を連れてきたんだろうなと思いながら、ボケーっと突っ立っていた。
「ちょっと離れて」
「え、あ、うん」
今立っている場所から少し後ろに下がる。すると、リア・エイレーンが本棚を押して横に移動させた。
「おお、力持ちだ……な…!?」
驚いた。さっきまで本棚があった場所の下の床にハッチがあったのだ。どうやら、この喫茶店には隠された秘密の部屋みたいなものがあるらしい。
「マジか、ロマンあるなぁ」
「…ついてきて」
ちょっとワクワクしている俺に反して、リア・エイレーンは淡々としている。冷めてるなと思いつつ、ハッチの下に潜っていく彼女の後に続いた。
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「ちょ、くっっっらすぎない」
ハッチを下った先の地下室について、真っ先に抱いた感想がそれだった。
「はい。これでいい?」
スマホのライトをつけようとポケットをまさぐっていると、リア・エイレーンが懐中電灯の明かりをつける。
「あ、ありがとう。てか、明かり持ってたんだ」
「ここに置いてたやつ。最初から持ってたわけじゃない」
「あ、そう」
明かりがついたことで、地下室の全貌があらわになる。パッと見た感じかなり広い。しかし、物とかは全然置かれていなくて、中身はすかすかだ。あと、奥にも、もう一つの梯子があった。
「あの梯子なに?」
「秘密の出口。隣の家屋につながってる。…いざとなったら逃げられるようにね」
「…なるほど」
逃げ道…ね…。わざわざ用意してるってことは追われる身だったんだろうか、リア・エイレーンとキセル・エイレーンは。危険な魔族と、その魔族を匿う人間ってことなんだし。キセル・エイレーンの悪事については仕事の資料に書かれていなかったが、それはもしかしたら魔族を匿ってるってことだったのかも。
…でも依頼されたのはキセル・エイレーンの暗殺だけだった。さっきの仮説が正しいなら、大本の原因であるリア・エイレーンも暗殺対象に入ってる方が自然なのに。
どうしてなんだろう。そもそも娘がいるって情報すらなかったしな。
「…よかった。ちゃんと残ってた」
「……ん、何が?…ああ、それは…薬か」
懐中電灯に照らされているのは、埃被った木の棚に置かれた、十個の薬瓶。
「ちょっと持ってて」
「あ、はい」
懐中電灯を俺に渡し、リア・エイレーンは、ポーチの中に瓶を詰めていく。
「…ここに来たのってそれが目的なの?」
「そうだよ」
「…体、弱いのか」
「弱くないよ。むしろ強いでしょ」
「ああいや、肉体的な意味じゃなくて…病気的な…意味で」
「そっちも含めて弱くない」
「え、じゃあそれ何?何の薬?」
「魔族の私が、人を食べなくてよくなる薬」
「……な!?」
点と点が、線でつながるような感覚。それほどまでにはっきりと理解した。
キセル・エイレーンを暗殺した理由は、これだ。
「…それ作ったの、誰…?」
「私のお父さん」
「…それのせいで…その…お前のお父さんは…」
「殺されたんだろうね」
「…そうか」
やっぱり…。
「お父さんね、ある国で魔法の研究者やってたんだ。すっごく優秀で、昔、国の大きな研究を任された。で、その時の研究成果持ち逃げしたんだって。それが、この薬」
「……マジで言ってる?」
あれ、やっぱりどころじゃなかったかも。つまりこいつの父親は―――
「…国に狙われてたの?」
「うん」
『うん』じゃないんだけど…。え、俺とんでもないことに首突っ込んでる?今。
「あの、質問なんだけどさ、これ…このこと知ってると、なんか、やばい?」
「やばいんじゃない。お父さんがあれだけ狙われてたんだし」
「ちょ、え、ちょ待て待て待て待て、なんで教えた!?教えなくてよかったんじゃない!?俺に!」
「フェアじゃないのは嫌なんでしょ?さっきそう言ってたから」
「使い方が俺の時と違うと思うよ!?それで損すんの俺じゃん!相手損させたらダメじゃん!」
「大丈夫だよ」
「はぁ!?何が―――」
不意に、リア・エイレーンが俺に近づく。ふわっと甘い香りがして、心臓が跳ねて、息が詰まる。
「もし、私が捕まったら。あなたも道連れしてあげるから」
そっと囁いて、少女はまた俺から離れていった。
「…はぁ…!?」
「じゃあ、もう用が済んだから。シンの家に帰ろう」
…えぇ!?こいつ急に、俺の家来る気なったんだけど!?何!?どゆこと!?あとさっきのもなんだよ!!
「いや、そんな急に…!?」
「ほら、早く帰ろうよ。疲れてるんでしょ?梯子上がって」
「え、あぁ…はい…」
…もう、よくわからん。
梯子を上りながら考える。
…この子俺のこと嫌いなの、嫌いじゃないの…?どっちなの…?
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「おーい、まだ来ないの?」
私と、お母さんとお父さんが写った写真立てを見ていると、上から声がかけられた。
「ごめん、今行く」
梯子の方に歩く。
「…とことん利用してから捨ててやる」
その途中で小さく吐いた言葉が、彼の耳に入ることはなかった。




