42 悪夢
「はぁ…ッ……はぁ…」
自分の呼吸の音がうるさいほど反響している。
「ん”~~!!!ん”~~~!!!」
呻き声も聞こえる。
胸元で握っているナイフに釘付けにされていた視線を、ゆっくりと上げると、そこにはガムテープで口を塞がれている人間がいた。
身動きができない状態で椅子に座らせられ、さっきからずっと呻き声をあげている。
「何を躊躇っているんだ」
後ろからボスの声が聞こえた。
「さっき言ったはずだ。彼は死刑囚だよ」
…わかってる。
「強盗殺人、強姦で多くの人間に被害を出している」
…わかってるよ。
「自分勝手に他人の未来を奪い、人格を侵害した。生かしちゃいけない人間だ」
だから!そんなの、俺だってわかってるんだよ…!!
手の震えがようやく止まって、そこで、胸に突き立てたナイフを勢いよく―――
「……ッ!!!」
声にならないような声をあげながら、目を見開く。
「……夢か」
それから、自分が眠りから覚めたのだということを理解するのにそう間はなかった。
「…クソ」
夢から地続きで心臓がバクバクしていて、気分も最悪だ。最近はめっきり見なくなって安心してたのに、また見ることになるなんて…
初めて人を殺した時の夢を。
……。
「…今何時だっけ」
枕元にあるスマホの電源をつけると、画面には10:24と表示された。
「うわ、意外と時間ないな」
今日は13時からクライルと稽古をする予定だ。遅れたらもちろんやばい。とりあえず軽く朝食済まして、さっさと家出よう。
◆◆◆◆◆◆
「う~ん、急ぎすぎたか…」
現在、クライルと稽古をする建物近くの通りにあるベンチに座っている。腕時計の時刻は12時30分。
稽古場に入るのは集合時間の5分前からと決まっているので、あと25分、俺は暇を潰さなければならない。
ちょっと早く来すぎてしまった。
「…そりゃ、とんでもなく迷いでもしないと、到着まで一時間もかかんないか…この距離じゃ」
稽古場はガナレ地区内の、俺の家から徒歩15分くらいの場所に存在する。割と近場にあるのだが、俺は万全を期して約束の時刻の一時間前、12時に出発したのだ。万全を期すと言ってもちょっと出発が早すぎるが、これには訳がある。
ガナレ地区ではスマホが使いづらいのである。
電波は不安定だし、スリやひったくりにとって格好の的になる。
よって俺は日本にいた頃のようにスマホの地図アプリ頼りで目的地に行くことができなず、不慣れな地図を使って稽古場に向かわざるを得なくなった。
それで、到着が遅れることを見越して12時に出発したという訳だ。
誤算だったのは、自分で思っている以上に俺は地図を見るのがうまかったこと。
…全く、嬉しい誤算だ。
「……」
この退屈な時間が無ければだが。
「…暇だなぁ」
道行く人々を眺めながらポツリと呟く。再び腕時計をちらりと見ても、時刻はほとんど進んでいなかった。
どうしてこういう時に限って時間の流れが遅いのか。朝とか寝る前はあんなに早く5分が過ぎる癖に。
…暇つぶしにやろうかな、あれ。集中すると時間を忘れるから、こういう時はあんまりやりたくないんだけど。
ま、なんとかなるか。
気持ちを切り替えるために少しだけ目を瞑った後、見開いた目で通行人をじっと観察する。幸い昼のスラムはよく賑わっているので、観察対象で溢れていた。
そう、あれとはつまり、平たく言ってしまえば人間観察のことだ。ただ普通のそれとは違い、俺がやるのは暗殺者流の人間観察。ただ外見から相手の情報を読み取るのではなく、分析するのは、その人間の殺し方。
あの細い男の人は結構周囲をちらちらみて警戒してるけど、左後ろは全然見てない、死角になってる。ここから近づけば楽に済みそうだな。
あのガタイのいい人は周囲を全然警戒してないな。後ろから近づくだけでいけそうだけど…心なしか重心が左に寄ってる気がするし、服の揺れ方にも違和感がある。武器を隠し持ってそうだ。だとしたら、仕留めるときは一撃か。
あの女の人警戒心がすごいな。そもそも人に近寄らないのはそうだけど、曲がり角とか誰かが隠れたりできそうなところからも離れて歩いてる。この人は飛び道具がないと厳しいだろうな。
…昔は…ボスと一緒にこれやってて、全然分析できてないって怒られてたっけ。俺も成長したんだな。
この一年で俺は…
どれだけ人殺しが上手になったんだろう。




