43 胎動
◆◆◆◆◆◆
「…はぁ、はぁ!!ごめん!遅れた!?」
「いや、時間ぴったりだ」
息を切らしながら稽古場に飛び込み汗を拭う。その中には、すでに動きやすい服装に着替えたクライルが立っていた。
「けどお前、ここに走ってきたのか?それは駄目だ。目立つようなことはするな」
「ご、ごめん」
「気をつけろよ。じゃ、さっさと着替えろ」
「…わかった」
稽古場の端の方に歩いて荷物を置き、持ってきた白いTシャツに着替える。コンクリートが打ちっぱなしになった壁を見つめながら、息を整えた。
「よし、じゃあまずは軽く準備運動してから組手を―――」
「…あのさ!」
「どうした」
「その、昨日はごめん」
「…あ?…何が」
「いや、その、昨日ターゲット仕留めるのちょっとミスっちゃって…現場汚しちゃったから…」
「…あぁ、そういうこと。別に気にしなくていいよ、俺も最初はそうだったし」
「そ、そう?…ありがとう」
「だからいいって。当たり前だろ、俺先輩なんだから」
「…そっか」
「…ただ、少し感心はしたな。初めての仕事でよくあれだけ綺麗に切れたもんだ。お前ナイフ使うの上手いんだな」
「え、いや僕は凄くないよ。…ボスがくれたナイフが凄いだけで」
「…は?」
急に、クライルの表情が固まった。
「お前、それ今持ってるか」
「…も、持ってる…けど」
「見せろ」
「……荷物置いてるとこに、一緒に…置いてるよ」
「そうか」
こちらには目もくれず、クライルは一直線に俺の荷物がある場所へ行くと、すぐさまそこに置いてあるナイフを手に取った。
複雑な装飾が施された鈍い黄金色の鞘から、少しだけ覗かせた刀身を数秒眺めた後、ナイフを元の場所に戻す。
「…これが何か、お前は知ってるか…?」
背を向けたまま、ゆっくりとした口調で問われた。怒っているのか、なんなのか…よくわからなかったが、その声は微かに震えていたような気がした。
「…よく切れる、ナイフって言われたけど。…あと、高そうだなって…その、値段が」
「……」
何も言わずに、クライルが戻ってくる。
「…組手やるぞ」
「あ、うん」
準備運動はしないのかと聞きたかった。でも、それを言えるような雰囲気ではなかった。
◆◆◆◆◆◆
「…これで今日は終わりだな」
「はぁ…はぁ…あ、ありがとうございました」
稽古は、意外といつも通りに終わった。理不尽にしごかれることを覚悟していたのだがそういうことはなく、なんだか拍子抜けした気分だ。
勘違いしてしまっただけで、あんまりクライルは怒っていないのだろうか。俺もなにか変なことを言ったように思えないし、クライルも稽古中いつも以上に素っ気なかったこと以外は、大体いつも通りだった。
う~ん、わからない。こういうときどうしたらいいんだろう。怒ってるなら謝った方がいいよな?でも怒ってないなら謝りにいくとウザいか?…辛いな…人付き合いを避けてきたツケが今来てる。
ただ、多分このギスギスした感じはよくないよな。
「ク、クライル」
離れたところで淡々と服を着替えているクライルに向かって声をかける。
「何?」
「あ、あの、昨日思ったんだけどさ。狼の魔獣ってなんで新月の夜に出やすいのかな…って」
「だから?」
「理由…知ってたら教えて欲しい…なと」
「そのくらい自分で調べろよ。ボスから貰ってるだろ、スマホ」
その言葉を最後に、着替えが終わったクライルは稽古場の外へと去っていった。
…なんか…めっちゃ険悪になってる…。―――
◆◆メイの家◆◆
「…もうこんな時間か」
風呂上りに時計を見ると、いつの間にか午後10時になっていた。クライルとの稽古が終わった後、ナイフの素振りや隠密などの自主練をしていたらもうこんな時間だ。
いつもはもっと早くに家に帰ってくるのだが、今回はどうしてここまで遅く…。
あ、普通に今日朝起きたのが遅かっただけか。いつもはもっと早くに起きてるし、その後自主練してるしな。納得。
疑問を解決したので寝室へ向かい、ベッドへ倒れこむ。
今日も疲れたな。主に心が。…最近ちょっと仲良くなれていたはずなのに、急に隔たりができてしまった…クライルと。次会った時どうしよう…。
はぁ~…。
「…あ、そういえば狼のこと…調べないと」
近くに置いていたスマホを手に取り、検索エンジンを開く。
狼の魔獣 なぜ新月にでやすい スラム
…で検索っと。
「回線遅いなぁ」
しばらく待つと、検索結果が表示された。よさげなサイトのリンクを開く。
「なになに…新月の夜に狼が出やすいのは、新月の夜は空気中のマナの濃度が低いから…?狼の魔獣は目が見えない代わりに周囲のマナを知覚することで状況を把握しており、空気中のマナの濃度が下がるほど霧が晴れるように視界が明瞭になって活動が活発になる…」
へ~。
寝よ。




