タコパにはタコが必要(3)
坂崎さんは巻貝を試験管の壁に押し付けると、巻貝はすうっとその側面にめり込んで尖った先端だけ内側に出ている状態になった。坂崎さんは手のひらを側面につけたまま、その巻貝の小さな頂点を親指と人差し指でつまむ。
「どうなってるの?」
「お水が入ったら泳がないといけないじゃない」
お水?
そう思っていると、タコはいったん試験管から体を離し、その足を大きく力を込めるように収縮させた。舟幽霊からニヤニヤとした嫌な空気を感じる。もし試験管がバラバラになって海に投げ出されたら僕らも食べられて船幽霊になっちゃう!?
さっきまで試験管の壁は揺れてもびくともしてなかったけど、全力であの太い足を叩きつけられてしまったらやばいかも!
遠心力をこめて小さな泡を巻き込みながらタコの足が僕らの入った試験管に迫り、思わず衝突に備えて体に力が入った。
けれどもその瞬間は訪れず、試験管に叩きつけられたタコの太い足は坂崎さんがお尻を掴んでいる小さな巻貝の中にしゅるしゅると吸い込まれていく。
「坂崎さん、それ魔法の貝?」
「落ちてたやつだよ」
坂崎さんの手元を眺めているとべちょっと音がして顔を上げると崩れた男の人の顔があって僕は腰を抜かした。そしてその男の人の顔の部分以外にも様々な人体のパーツが試験管に打ち付けられ、その壁の表面は灰色のような茶色のような、そんなグネグネとしたものと硬質な骨で覆われている。その男の人の目はギロリと僕の方を睨んだ。
「は、な……せ」
「離して?」
「むり、だ、混ざっ、て」
見るといつのまにかタコは貝殻に吸い込まれて、貝殻の先もタコではなくてなんだかぐちゃぐちゃとした塊がのたうっていた。タコの赤色の体と灰色の内臓のようなものが合成し合ったような、奇妙な存在。それが試験管にぶつかった船幽霊と思われるものに繋がっている。
「ふぅん、本当に混ざってるんだ、じゃあここはいらない」
ぶち。
という音がして、船幽霊的な塊は苦悶の声を上げながらぶくぶくと海に沈んでいった。
「お、の、れ」
「あの」
「タコつかまえたよ~」
「えっタコ?」
小さな巻き貝から返事をするように、にゅるりと細い足がはみ出た。これに全部入ったの? 本当に?
そしてふと試験管の外を眺めると、船幽霊の姿はもう見えなかった。
「ハルくんもおいでよ。たこ焼きたべようよ」
「馬鹿いうな。海は行かない。それにお前らが行ってるのは三春夜のほうの海岸だろ? 足がない」
「つまんない」
「持って帰れるなら持って帰れ。うまいたこ焼き作ってやるから」
「え? ほんとう? やった」
「だから逃がすなよ。絶対だからな」
「はーい」
藤友君ありがとう……。
その後フインと床がどんどんせり上がってもとの直径2メートルほどの板の状態に戻った。これ、どういう素材でできているんだ?
砂浜に帰ると思ったら、坂崎さんに導かれて板は海の上をぐるぐる動きはじめる。坂崎さんは興味深そうに、何かを探すように海の底を見下ろしている。
太陽の光がキラキラ反射して海の中はよくはみえないけど、坂崎さんには見えるのかな。なんだか鼻歌を歌っているよう。ふわりと海面近くを撫でる海風が通り過ぎる。
「東矢君、私ちょっと潜ってくる。東矢君はここから出ちゃ駄目だよ、死んじゃうから」
えっ死んじゃう? 僕はビクっとしている間に坂崎さんは海に飛び込んだ。ヘリまで追いかけていったけどさっき船幽霊に前髪を少し切られたのを思い出して怖気づく。板の上から眺める海はざぱざぱ波立っているけれども、不思議とこの板のヘリでは静まって板はちっとも揺れない。
この板は何なのかな。表面をなでてみるとカタカタと揺れるけど、それ以上には何の反応もなかった。坂崎さんじゃないと駄目なのかもしれない。あれ、そうすると坂崎さんが帰ってこないと僕はずっとこのまま? 急に不安になって周りを見回すけれども船は見えない。航路から外れているのかもしれない。周囲に浮かぶものもなにもない。でも焦っても結局坂崎さんが帰ってくるまで、僕にできることは何もない。
仕方がないので寝転んだら、太陽の光が真上からふってきた。眩しい。肌を焼く光が暑い。なんだかちょっと眠くなって横になった。この板は2メートルあるから僕一人が転がるには問題ない。遠くの山と青い空を遮るように入道雲がいくつかもくもく広がっているのが目に入る。あれは新谷坂のほうかな。
なんとなくうつらうつらしていると携帯がなった。
「おい、どこにいる?」
「あ、ごめん、どこだろここ」
「大丈夫かよ」
「これから戻るよ~」
そう思っていたら坂崎さんがバサッと海面に顔を出してそう言った。
「ごめん、すぐ戻るからちょっとまってて」
「本当にもう、1人で泳いでてつまんなかったんだぜ」
その声を聞きながら見渡すと空が紺と紫色に染まっていた。
あれ? いつのまに?
さっきと雲の形が変わっていて、ぷかぷか浮く雲の下半分が藤色とオレンジ色に瞬いている。
「本当にごめん! こんなに時間がたっていたなんて」
「龍宮城にでも籠もってたのかよ」
「竜宮城。そういえば試験管の底から遠くに何かがみえたような」
「何言ってるんだ? 大丈夫か?」
坂崎さんがよいしょと板の上に乗って持ち手を取り出す。あわてて掴むと板は暗い紺色と細い太陽の光を反射する白色に二極化された海の表面を結構なスピードで滑るように進んでいった。ついたところは最初に板が出てきた狭い岩場の砂浜で、わずかに残った海水を滑ってそこに着水する。
坂崎さんは板によいしょよいしょと砂をかけていく。一応埋まったかなというところでナナオさんが現れた。
「おまえらずっとここにいたのか?」
「楽しかったよ」
「ご飯の用意できたからいくぞ」
「ご飯?」
「そ、BBQ」
「たこ焼きは?」
「たこ焼き? たこ焼き器は持ってきてないよ」
「ええー?」
坂崎さんが凄く残念そうだ。
「坂崎さん、今度みんなでたこ焼き作ろう?」
「お、タコパか? いいな。やろうぜ」
「海でたこ焼きたべたいの、ハルくんも」
「藤友君は海には来ないと思うよ」
「あれ? じゃあ明日だったかな? 海が見えるところ」
「新谷坂山とか?」
「見える?」
「見えたよ。ちょっと遠いけど」
それから砂浜を歩いてお兄さんのバンのところまで戻ると、すでに台と鉄板が用意されて、お兄さんの彼女が野菜を切っていた。
空はすっかり暗くなり、黒い海がざざりと音を立てていた。〆の焼きそばを食べながら3人で色々話をした。
坂崎さんは夏休みは実家に帰ってるけど、今日はタコを捕まえに来たらしい。実家。坂崎さんにもご両親がいるのか。当然と言えば当然だけど何か不思議な感じ。ナナオさんは夏休みの間は掛け持ちの部活をしているらしい。それで僕は板で上を向いて寝ていたから、前半分が少しやけて後ろ半分が白いという少し残念なことになっていたもよう。
明日、新谷坂山でタコパをすることになった。
◇◇◇
てっきり昼だと思っていたのに何故か夜に新谷坂神社に集まっていた。夜といっても18時でまだうっすら明るい。坂崎さんは海が見えるとはしゃいでるけど、夜ならあまり見えないんじゃないかな。よく晴れてるけど今日は月も見えないし多分日が落ちると海の方は真っ暗になると思う。
新谷坂山の山頂には普段も誰も訪れない。新谷坂神社があるだけで、ここには誰も来ないから。僕はよく来るけど誰かと会ったことはないな。それにしてもだんだんと本当に真っ暗になっていく。太陽の退場とともに、山の上では夏の昼の暑さがすぅと少しずつ地面にとけていく。持ってきたLEDランタンをセットした。
荷物は結構多くなった。折り畳み式の軽量のカセットコンロ2台と携帯ガス缶、それからコッヘル、シート、食材、その他もろもろ。単体として1番重かったのは鉄でできたたこ焼き機で、次いで重かったのがジュースや水、サラダ油なんかの液体。それを藤友君と分担して担ぐ。正直神社前の長い石段は辛かった。神社前の少し開けた広場で機材を開く。
坂崎さんが小さな巻貝を突くとタコの足がにょろりと出てきてそれを藤友君がナイフで切る。 坂崎さんが小さな巻貝を突くとタコの足がにょろりと出てきてそれを藤友君がナイフで切る。なんだかちょっと可哀想。そういえば藤友君はタコが船幽霊を覆っているところから敵対的な関係だと感じて、タコが船幽霊から逃れたいと思っているのではないかと考えたらしい。確かに船幽霊の他のパーツはおとなしかった気がする。聞いただけでそんなことわかるものなのかな。僕が坂崎さんから貝を受け取って井戸の封印に沈めて戻るとすっかりタコパの用意は出来上がっていた。
たこ焼きは順調に進み、途中で藤友君がたこ焼き機に餃子の皮を入れてその上にトマトやピーマンとトマトソースやチーズを入れて一口ぱりぱりピザを作ったり、油を入れてオイルフォンデュを作ったりした。それで野菜やソーセージをたくさん持ってきてたのか。あのタコは坂崎さんの予言通りものすごくおいしかった。
20時にはもう真っ暗で、辻切の夜景に遮られてその先にある海は闇に沈んでいた。月が出てるとその光を反射してキラキラと奇麗なんだけど。片付けて帰ろうとしたらナナオさんの歓声に呼ばれて振り向く。そうすると、神津港でぱちぱちと小さな火花があがっていた。ナナオさんも歓声を上げる。
そうか、花火だ。結構距離があるけど、たくさんの赤や黄色の光の線が上がり、同じ形を鏡のように海に写す。上下に咲く光の花はとても美しかった。遠すぎて音は聞こえない。
坂崎さんはこれを見たかったのかなと思って振り返ると見向きもせずにキュウリをもぐもぐ摘んでいた。あれ? 違う?
「なんだこれ」
しばらくすると不意に藤友君が首筋を押さえて立ち上がる。坂崎さんが顔をあげる。
「何かあった?」
「なんかスゲェ嫌な感じがする」
「あれだよ?」
坂崎さんが南東の空を指さすと、そこに一筋の光が流れていた。流星?
それがゆっくり石燕市の上を超えて移動している。光の強さはそれほどでもないけど目を刺すような白さ。
「お前ら何を見てるんだ?」
ナナオさんには見えない。じゃああれは怪異の類で藤友君に見えるから物理的なもの? いつのまにか鳥居の上にニヤがいた。
光はゆっくりと動き、神津湾の上で角度を不自然に変えて静かに漆黒の海の中に落ちていった。
「あれは何?」
「わかんない」
「アンリがわからないなら俺にわかるわけがない」
「なんの話してるのさ」
いつのまにか花火は終わっていて、海は冷たい真っ暗に戻っていた。
僕らはしばらくたってから荷物をまとめて山を降りた。
7章お読み頂きましてありがとうございました!
次章8章は4/28又は5/6から連載再開予定です。
読んでいただいて気づかれたかもしれませんが、1年後半にむけて色々撒き餌をしています。最後の流星の下りは外伝扱いになるかもしれません。
現在の予定
8章:秋のグルメ回と主人公達以外の恋愛回。
9章:藤友君が主体的に妖怪退治をしようかなと思う回
13章くらい:逆城神社の回(2章くらいから放置してるのな)
外伝:外骨格が宇宙をめぐるSF
外伝:藤友君&坂崎さんor東矢君で家ほど長くないホラーが書きたい。
(○○モノ、とかジャンル希望アレば伺いたいです。多分採用します)
短編:うっちーのバレンタイン(いまさら!?)
お読み頂けると嬉しいです♪
修正:今日から怪談連載の予定だったけど、まにあってないのと他のところで重めの連載をしているので、それがおわる22日から連載再開予定です。ごめんなさい。途中でハイファか歴史を始める可能性があります。




