タコパにはタコが必要(1)
夏。夏といえば海。
はるか上空から僕らを燦々と照らす太陽。その光を反射してゆらゆらと揺らめく明るい水色の水面。
そして、水着の女の子!
今日はナナオさんと坂崎さんと海に来ていた。
藤友君は『海は死ぬ』と言って辞退した。うん、むしろ誘ってごめんなさい。
逆城の南東は海。神津市以外から遊びに来る人もたくさんいる有名な海水浴場になっていて、白い砂浜が続いている。だから海岸近くの二東山の麓から南にあるアリーナとか旧神津港方面まで広がる砂浜はかなり混むんだけど、東の三春夜市方面に広がる海岸は穴場になっている。岩場も結構多いし砂浜も狭い。どちらかというと沖堤防とかテトラポッドとかがあって、魚釣りをしてるおじさんの方が多い。
それからこの砂浜は駅から離れていて車がないと来られない場所にもあることも寂れてる理由かな。今日はナナオさんのお兄さんの車に乗せてもらったんだ。だからお兄さんと彼女さんの合計5人で遊びにきてる。
「ボッチー、空いててよかったな!」
「本当。昨日のテレビじゃすごい混み具合だったよね。ちょっと心配してた」
夕方のテレビで放映された映像は人で埋め尽くされていて、まさに芋を洗うようだった。それにアリーナ方面では今日は有名なライブイベントがあるらしい。人出はさらに多いだろう。
それで僕はちょっとドキドキしていた。それはだってナナオさんも坂崎さんも水着だったから。
ナナオさんは健康的な小麦色の肌で水色と黒で編まれたクロシェのビキニにパレオ、坂崎さんは見た目だけは清楚な感じの白とオレンジのストライプをベースに大きめの花柄をあしらったタンキニ。
お兄さんに両手に花と言われて少し微妙な気分になった。少なくとも片方は鬼神だと思ってる。
ジリジリと夏の盛りを感じさせる太陽に、目の前には少しの白い砂浜と、その先には深く濃い紺の深みから風と共に寄せては返す白い波。海の色が濃いってことは遠浅じゃなくてすぐ深くなってるってことかな。
「ポッチー、泳げんだろ? 遠泳すっか?」
「おいナナ、この沖は潮が早いからあんま遠く行くな。あの岩場より手前にいろよ。あとテトラポッドと沖堤防に近づくな」
「へーい」
お兄さんは彼女さんと一緒に泳ぐらしくて東の三春夜市方面に歩いて行った。
西の右手には少し海岸線に突き出た岩場が見えた。そういえば藤友君にも突堤や沖堤防は離岸流が流れてるから近づくなと言われた。僕の泳ぎは中程度。危なさそうなことはやめておこう。
「坂崎さんは泳ぎ得意?」
「えっ? 泳ぐの?」
「泳がないの?」
「あっち」
「あちょっと」
坂崎さんはとてとてと岩場の方に歩いて行く。今近づくなって言われたばかりなのに。でも海じゃなく陸から近づくなら大丈夫なのかな。僕とナナオさんは何となくついていく。
「岩場は危ないよ?」
「ええとねぇ」
坂崎さんは注意深く岩場に囲まれた2メートル四方の砂浜にペタリと腰を下ろした。
「ここに何かあるの?」
「砂?」
「潮干狩りか?」
ナナオさんはそういうけど潮干狩りってこういイメージでもないような。坂崎さんは砂浜でぼんやりしたままなので僕らもその隣に座る。白砂、岩、ちょっと遠くに波。手持ち無沙汰なので真ん中にお城を作り始める。
僕らは泳ぎに来たんではないんだろうか。ふとそう思った。でも泳ごうにもこの辺りは危険と言われた岩場だし、坂崎さんを置いて他で泳ぐのもなんだか気が引けるというか。それに少し気になっていることがあって。
この岩場は妙な雰囲気がする。この間木霊に感じたようなおかしな空気感。でも岩場に阻まれているのか反射しているのか、それがどこから来ているのかはわからない。でもどうしよう。坂崎さんはほっといても大丈夫な気がするけどナナオさんは普通の人だから変なことに巻き込まれたら困る。
「ナナオさん、やっぱり岩場は危ないから戻ろう?」
「つってもアンリちゃんが動きそうにないぞ」
そうなんだよねぇ。ナナオさんは面倒見がいいから坂崎さん1人を置いてくって選択はしないだろうな。困ったな。
仕方なく城造りを再開する。岩場の陰で日が隠れてて、少し肌寒い。見上げると鮮やかな青い空には灰色の雲がもこもこと広がっていた。
「雨が降るのかな?」
「雨じゃなくてもいいんだけど。ナナちゃんちょっとあっちいってて」
「わかった、じゃあまた後でな」
あれ?
ナナオさんは手を振って岩場から離れていく。あれ? なんで?
気がつくと潮位が上がって砂の城の下の方が海水に浸されてきた。せっかく作ってたのにと堤防でもつくろうかと岩場の入り口の方に向かおうかと腰を上げると城は突然崩れた。
えぇ? せっかく作ったのに。そして崩れた原因は波じゃなくその下にあるものだった。砂浜の地面がプルプルと震え、砂を蹴散らして浮上してくる。砂の中に埋まっていた直径2メートルくらいの円形の半透明の白っぽい板。謎の雰囲気の正体。それが水面の上に崩れた砂のお城を乗せて浮かんでいる。
「坂崎さんこれ何?」
「おふね?」
船? サーフボード的な何か?
坂崎さんはよいしょと言ってその上に乗り、僕の腕を引っ張ったから僕もその板の上に転がった。肌触りはシリコンっぽい素材に感じる。そう思っていると板はするりと沖に向かいはじめ、僕はその反動で板から転げ落ちた。
坂崎さんに手を引かれてもう一度板の上に乗ったけれども、捕まるところはまるでない。キョロキョロ見回していると坂崎さんが板の表面を撫でる。そうすると、表面が少し盛り上がって、ハッチの取手のようなものができた。なんだこれ。機械っぽいけど生き物っぽさも感じる。
僕が取っ手を掴むと板はゆるゆると沖に走り出す。
「あの、これはどこに行くの?」
「海?」
海以外の何があるんだろう。異界にでも連れ去られる可能性があったんだろうか。
そうしてしばらくすると、砂浜はもうずいぶん遠ざかっていることに気がついた。やばい、僕は多分ここから泳いで砂浜まで帰れない。取っ手を持つ手が少し震える。
動揺してキョロキョロ辺りを見回していると周りにぷかぷか泡が浮かんできた。何何? そして気が付いた。右手を引っ張る封印の糸の動き。えっちょっと待って、この下に怪異がいるの? 海の上なんて無理じゃない? どうしたらいいの? 食べられて終わりとか。そんな予感にゾッとする。
唐突に板の裏から声が響いた。
「わしはおぬしに敵対するつもりはないよ。じゃから見逃してくれんかな」
その声はおじいさんのようで、妙におどおどしていた。真下から聞こえる。板は半透明だから何かがあることはわかるけど、ぼんやりしていてその姿は見えない。
「あの、あなたはどなたですか」
「いわゆる海の怪というやつだ」
「海の、怪?」
妙な沈黙。
海の怪。海の妖怪ってことなのかな。海っていってもええと、色々あるよね。おじいさんだと海坊主とかそんな感じなんだろうか。
封印の糸が確かめられるように引っ張られる。
「お主は神子ではないのか?」
「神子? 僕は」
突然坂崎さんが僕の口を塞ぐ。神子って何なの?
「ねぇ、私タコ焼き食べたいの」
「タコ焼きとはなんじゃ?」
「タコが入ったふわふわのやつ」
「食べ物か?」
「うん、美味しいんだよ。ねぇ、私はアンリ。あなたはだぁれ?」
少し緊張した沈黙。僕の口は塞がれたまま。喋っちゃ駄目ってことかな。坂崎さんは完璧な幸運に守られているらしいから、とりあえずおとなしく塞がれていよう。なんだか少しだけいい香りがする。
それにしても不思議な話が成立しているような、していないような。ざぶとん君のときも坂崎さんは話をしていたけれど、ざぶとん君の声の意味がわかってもやっぱりこんなわけのわからない会話をしていたのかな。
坂崎さんはタコを釣りにこんな沖まできたの? タコって海底の岩場とかに住んでいるんじゃなかったかな。この辺の海はますます深い紺色でとても深そうだ。とてもタコを釣れるとは思えない。




