狂気のしもべと河童探し(2)
一瞬、洞窟の壁全体がぼんやり光ったかと思ったら、その半分がざぶとん君の周りにあつまってきた。それは大小さまざまなざぶとん君たちで、壁に残っているのは3センチくらいの大きさの卵のようだ。
「ぴかぴかだね」
「グァ! ググア!」
坂崎さんの困難な通訳からなんとか読み取ると、ここの場所はさっきの人とかにバレてるから、安全なところに移りたいんだって。封印の中でもいいみたい。
「そっか。ここで動けないのは危険だよね……卵の子は動けないし。」
「グアァ!」
「じゃあみんなで新谷坂の封印に帰ってくれるっていうことでいいのかな」
「グァ!」「グァ」「グァ!」「グァ」「グァ!」
そこかしこから声がした。僕と坂崎さんは卵を集めて割れないように小さなざぶとん君でくるみ、坂崎さんの持ってきた麻袋にいれた。結構時間はかかったけど、多分全部集められたと思う。僕と彼らをつなぐ糸の反応を見てもそう。確かにこの袋に全部詰まってる。
そこからは結構たいへんで、麻袋は結構な大きさで結構な重さになった。それをうんしょうんしょと担いで転ばないように川縁を運ぶ。たまにおろして休憩。丈夫な麻袋でよかったのかも。
洞窟を出るとそこは突然の朝で、あまりの眩しさに目がチカチカした。振り返ると洞窟の入り口なんてまるでなくて、蜃気楼のように岸壁が現れていた。でも触ってみるとすり抜ける。不思議な場所。
いざというときの隠れ家になるかもしれない。藤友君にも教えてあげよう。
河童的な男の人が倒れていたところにはすでに誰もいなかった。誰かが救急車か警察を呼んだか、仮死状態とかで自分で意識を取り戻して立ち去ったとかなんだろうか。
それから僕はやっぱりうんしょうんしょと袋を担いで歩いた。自転車は坂崎さんに引いてもらった。自転車の籠にはとても入り切らないし。自転車だとそうでもないけど、歩くと結構かかる。
それからなんとかたどり着いた新谷坂の坂は絶望的な角度でそそり立ってまるで陽炎のよう。持ち手で肩に引っ掛けて、サンタクロースのように麻袋を背中に担いで急な角度の坂を一歩一歩。油断をすると麻袋ごと後ろに転げ落ちそうだ。ふうふうと息が漏れる。朝とはいえもうすっかり夏。南向きの坂は遮るものは何もなく、僕と麻袋を照らして歩を進めるごとに汗が噴き出させた。
登り切る頃には手には力が全然入らなくて、足がガクガク震えていた。ええと、ここからさらに新谷坂神社まで登るのか。絶望的。
「東矢、何やってる」
あ、藤友君。
登りきったところにジャージにTシャツの藤友君がいた。そういえばたまに早朝ランニングしてるんだっけ。気がつくと坂崎さんの姿は見えなかった。藤友君はトレーニングだと言って袋を担ぐのを手伝ってくれた。
マジ天使。
新谷坂の山道を藤友君と歩く。8時もすぎると登山やハイキングの人の姿もチラチラ見えて、大きな麻袋を担いだ僕らは結構不審者だっただろう。藤友君は夏休みの間は短期のバイトをちょくちょく入れているらしい。事務とか警備とかわりと地味なバイトだって。
「僕も何かバイトしたほうがいいかな」
「相手に気づかれないのにバイトもなにもないだろ」
「そうだよね……」
僕は他人に存在を気づかれない。バイトは無理かな。早く封印を解きたいな。今でもスパイとかなら。スパイの求人とかないよね。
そんな話をしているうちに新谷坂神社の石段下までたどり着き、僕が背負って藤友君が下から袋を支えてなんとか鳥居までたどり着く。
藤友くんは呪われてるから神社の中には入れない。だからここからは僕が運ぶ。封印まではあと少し。あと一踏ん張り。ようやくたどり着いた神社の裏手の井戸が封印の入り口。
麻袋を担いだまま井戸を降りるのはもう無理で、辺りを見回して人手がないことを確かめたらざぶとん君たちに袋から出てもらって自分で降りてもらった。ざぶんとん君たちは卵を1つづつ抱えて手足を広げて、ふわふわと井戸のそこに自由落下していく。強張った手足を突っ張ってなんとか井戸の底に降りたときにはもう動けなかった。でも藤友君が外で待っててくれると思うとちょっと元気が出る。僕にできた初めての友達。
頑張って井戸の横穴を通ってなんとか封印にたどり着く。僕が封印の触れると、ざぶとん君たちがそれぞれ卵をもって次々と封印の中に飛び込んでいった。元気でね、ざぶとん君。
「これなる返還により、主との縁は解消された。今ここよりは我が封印にて守られる」
いつもどおり怪異の帰還をニヤが宣言する。
「あと1匹はどこだ?」
「あと1匹?」
「取りこぼしがある。お主も感じるだろう? これは増える類の怪異だぞ?」
「えっ」
あわてて見回すと1本だけ細いつながりがある。でも洞窟では全部ちゃんと拾ったことを確かめたはずなのに。ざぶとん君たちの卵の数は多く、小さなざぶとん君もたくさんいた。この間の綿毛のことが思い浮かぶ。やばい! どうしよう!?
僕は焦って筋肉痛でパンパンな体を鞭打って急いで井戸を登り、藤友君に相談した。
「アンリの仕業だろ」
「坂崎さん?」
「あいつが自分の得にならないことに動くはずがない。待ってろ。電話してやる」
スピーカーモードで応答を待つ。
「ハル君おはよー」
「アンリ、お前1匹くすねただろ、すぐ返せ」
「私が見つけたんだよ?」
「坂崎さん、それは増えるんだ。見たでしょう? 洞窟にいっぱいいたのを。それからこれは人を襲いかねない生き物。だから封印されていたの」
「ペット飼うもん」
「まだ諦めてなかったのか……」
藤友君がため息をついてうなだれた。梅雨の間のアイちゃんのことを思い出す。
アイちゃん。旅立ってしまった僕の友達。そういえばあれも坂崎さんがペットがほしいと言ったのが発端だったような。梅雨の始めに坂崎さんはペットが欲しいと騒ぎ出し、どこからともなくアイちゃんを連れてきた。
「アンリ、それはだめだ、すぐに返せ」
「かわいいもん」
「じゃあ飽きるか人に害をなすようになったら必ず返せ。わかったな」
「害をなす?」
「そう。それが悪いことを始めたら東矢に嫌われるぞ」
「ええっそれは嫌」
「じゃあ飽きるか害をなすようになったらちゃんと返せ。わかったな。あと、増えたら卵は東矢に渡せ。いいな」
「わかったー」
ぷつりと電話は突然切れて、藤友くんはハァとため息をついた。
「東矢、アンリは嘘をつかない。だから危険になることはない、多分。これでいいか」
「うん、ありがとう、本当に」
本当にありがとう。そもそも僕じゃ坂崎さんをどうにもできない。いつもだけど。ぐぅ、とお腹がなる。そういえばもう太陽は真上に上がっている。お昼時でおなかすいた。
「朝飯食ってないのか?」
「そういえばそうだね」
「仕方のないやつだな、とっとと戻ってラーメンでも食いにいくか」
「冷やし中華でもいい、ああでもまたあの新谷坂を降るのか」
「他に飯はないからな」
新谷坂高校は新谷坂山の中腹にあって、飲食店は新谷坂を降った新谷坂町までいかないとない。山の登り口にコンビニはあるし寮の部屋でラーメンを湯でるとか簡単な調理はできる。でも僕は『友達とラーメンを食べに行く』というミッションをこなしたい。足はガクガクするけど、何ものにも代え難い感じ。
僕らは少しだけまだ冷たい石段から立ち上がって、新谷坂神社から見える新谷坂の街を見下ろした。右に目を向けると籠屋山の青い山並みがそびえ立ち、左に目を向けると神津湾の海の青に高く登った太陽の光が銀色のテープのようにキラキラと煌めいていた。
◇◇◇
それから坂崎さんは1ヶ月ごとくらいに100個ばかりの卵を持ってきて、僕は新谷坂神社に運んだ。その度にニヤはうんざりしながら封印をした。これ、ざぶとん君たちは封印のなかでどのくらい増えてるんだ?
「これ、坂崎さん他に隠し持ってたりしないよね?」
「糸の繋がりを感じぬのなら大丈夫であろう?」
「でも坂崎さんだから隠す方法を知ってそうな気がして」
「あの者は隠そうと思えばどうとでもできるだろうよ」
「だよね」
「だが隠す意味がないし隠さぬだろう」
確かに普通に飼うって言いそう。藤友くんも嘘はつかないって言ってたしな。だからまあ、一応信じておこう。
実際のところ、数は増えていないものの、その1匹は源流であった当初の個体とかなり姿を変えていたことを2人と1匹はまだ知らない。




