100万Gの価値
「はあああああ?」
驚いた。この少年、ただものでない。たぶん、相当の金持ちで金銭感覚が私とは違うのであろう。不覚ながら、私の器を鍛えなおさないと付いていけない。
「区切りがいいとこで、100万ガルでどう?」
「はあああああああああああっ!」
驚いた。あまりに驚いてエンリエッタは固まっている。後ろのお付きのガードマンも無表情であるが、わずかに眉を動かしたのを私は見逃さなかった。そして私はかろうじて意識を保っていた。
「100万ガル……これが?」
「そうだよ。伝説になる値段」
「だって、これ町の質屋で最高で1万ガル。最低だと3千ガルだったんだよ」
「それは見る目がないからさ。価値が分からない人間が砂金やダイヤモンドの原石を見つけた時はそういうものさ」
「そういうものなの?」
「値段なんてそういうものさ。で、君はこれを100万ガルで売ってくれるかい?」
「……いいども!」
私は思わず右手を上げた。この少年の思惑はどうであれ、100万で売れれば私は文句ない。メルセデスには10万で売ると約束したのだ。100万ならクエスト達成で私にも莫大なお小遣いが得られる。
決済は魔法カード。私のお小遣いカードに100万が瞬時に振り込まれる。1か月に300ガルがお小遣いだったから、これは破格の資金ゲットである。
「はい、これで取引成立。黒真珠は持って帰るよ。それとミコト、君は面白いね」
「それはどうも」
「僕は君が気に入った。エンリエッタさん、ミコトを買い取るよ。2000万ガルで売ってくれる?」
「はあああああああああっ!」
私は思わず大声を上げた。子供が私を買ってどうするのだ。私も子供だけど。
「2000万ガル……それは亭主に聞かないと……それに出資者にも了解を得ないと」
エンリエッタがそう言ったが、その言葉の響きには前向きに検討しますよいう感じに聞こえた。私を買った2倍以上の値段で売れるなら利益確定させるために考える値段提示だ。
「ちょ、ちょっと、待ってください」
私は慌ててそう言った。このままでは、この少年買われてしまう。
「私を買ってどうするのよ?」
「そうだね。お嫁さんにするにはまだ10年早いかな」
「よ、嫁ええええええええええっ!」
(どれだけませているんだ、このお坊ちゃま。それに嫁を金で買うなよ!)
「冗談ですよね。それにそんな大事なこと、お父さんやお母さんに相談もせずに決めてはいけないと思うけど」
私はひどくまっとうなことを言ったが、アンドレは軽く手を振った。
「ああ、それは気にしないで。ボクには父も母もいないから。現カッシーニ公爵家当主としての意見だから。なあ、そうだろう」
アンドレはそう後ろの黒服男たちに聞く。黒服男たちは微動だにせず、まるでサイボーグのように淡々と言葉を発した。
「はい、公爵閣下」
「閣下の意志が全てです」
(おいいいいいいいいっ!)
私は少し考えた。このまま、このアンドレに買われて公爵夫人というのもいい道かもしれない。傾国美女になるチャンスもある。しかし……。
冷静に考えれば、それは短絡的というのものだ。それはこのアンドレという男の子に自分の運命を預けるということだ。こんな子供に運命を預けるのは愚の骨頂。それにこいつの人なりも分からない。しかも、こいつはどこか信用がおけない。
これは私の女の勘だ。そもそも、うまく物事が運んでいる時こそ、騙されていると思った方がいいというのが、生まれ変わる前に教えられてきた金持ち帝王学なのである。
(このミコト様がホイホイと玉の輿を提示されて乗っかる尻軽女と思っているようね。こういう奴は、天誅を下すべきだわ!)
「申し訳ないけど、その話、お断りします。そもそも、会って最初にそういう話は急すぎます。そうでしょ、女将さん」
私はエンリエッタにそう振った。目先の利益で心が動きかけたエンリエッタであったが、私が言う通り、一見客にそうそう店の大事な女を売るのはしきたりに反する。例がないわけでもなかったが、通常はありえないのだ。
「それもそうだね……。普通はなじみになってからこういう話はするものです。アンドレ様はまだ子供ですから、そういうお話はもっと大人になってからでも。ミコトもまだ子供ですし……」
そうエンリエッタは答えた。どうやら、私の言葉で冷静になったようだ。妓楼の経営者としてはまともな答えだろう。
「そうか。それもそうかな。じゃ、こうしよう。ミコちゃんと遊ぶためにお金を払おう」
「あ、遊ぶですって!」
このガキ、とんでもない色ガキだ。だが、それは私の誤解だと分かる。
「このパンドラは子供は立ち入り禁止だと聞いた。今日は昼だけ特例で入れたけれど、ボクも毎回は入れない。でも、ミコちゃんはパンドラ街の外に出られるのだよね」
「はあ、今はそうですけど……」
プティである私はまだ子供なのでパンドラ地区から出られる。プリンシパルまでは出られるがNレディになると禁止となる。
「じゃあ、ミコトとパンドラの外で遊ぶよ。女将さん、その場合、いくら払えばいいんだい?」
このガキ、私と外で遊ぶために金を払うらしい。もちろん、変なことは禁止だ。それをアンドレがする気はなさそうだが。
「そんな例はないからね。何ともいえないですが。まあ、一緒にお茶するとか、遊ぶくらいは……」
「1時間で1万ガルだよ」
私がふっかけた。これはこの桜蘭亭の下級のロイヤルレディが男客から取るスタンダードな料金だ。18禁サービスなしの料金としてはかなりふっかけている。
「ふ~ん。思ったより安いね。よし、それで行こう」
「言っときますけど、私の体に触るのは禁止ですからね」
これだけは言っとかないといけない。アンドレはくすくすと笑っている。
「君の体に触っても面白くもなんともないよ。君も馬鹿だねえ」
「ば、馬鹿ですと~」
こうして私はアンドレ・ド・カッシーニ公爵という男の子と関わることになる。まあ、ちょっとデートしてお金が入るならよしとしよう。




