少年公爵様
小麦騒動はちょっとしたニュースになった。これは私には不本意な展開をみせる。黒真珠の頭飾りをつけた幼女の話題が新聞に取り上げられてしまったのだ。
「謎の美少女は神の使いか?」
「群衆に勇気を与えた女神」
「悪徳商人に鉄槌!」
あの幼女が誰であったか、大いに都では噂になった。当然、それは桜蘭亭を仕切るエンリエッタやナンバー1ロイヤルレディのメルセデスの耳にも届く。
「ミ……ミコト、まさか、これはお前のことではないよね!」
エンリエッタは真っ青になって私に詰問したが、私はのらりくらりとごまかした。メルセデスは完全に私のことを疑っていたが、何も言わなかった。
それよりも、約束の1週間が今日で終わり、メルセデスの出した課題が達成できない状況に陥った私を面白がっているようだ。
あの小麦事件のせいで私は都へ行くこともできず、桜蘭亭でこもっているしかできなくなったことを知っているのだ。
(くそ、あの女、絶対、認めさせてやる……だけど、今日中に売らないとそれもアウト……)
(う~っ)
大部屋暮らしで今日も廊下を掃除している私。先ほど、メルセデスが妹たちを引き連れて通りかかった。
「いよいよ、約束は今日までじゃ。ここからどうやって挽回するか、見ものじゃのう」
そう私に言葉を残して口元を扇で隠しながらすれ違っていた。
(くそ~っ。あの女~。知っていてあの態度。本当に意地が悪い)
一度、魔法で魅了させてやろうと隙を見て『魅』の魔法をぶつけたのだが。メルセデスには全く効果がない。これには私も驚くと同時に、魔法に対する耐性というものが存在することを知ることができた。
つまり、『魅了』のような人の感情を変える魔法は、その人間の心の強さが壁となり、効果が制限されるということだ。普通の人間ではありえないのだが、メルセデスには魅了に対する耐性が半端ないということになる。
そりゃそうだろう。高級妓楼でナンバー1を張るロイヤルレディである。惚れっぽかったら商売にならない。人を好きになるという感情へのガードがとてつもなく高いのだ。
「一流の女は男に惚れるのではなく、惚れさせるもの……」
なんてどこかの大女優が語ってそうだが、このメルセデスもそれを地で行く玉だろう。私の魔法で彼女の意志を変えるという姑息な手段は失敗に終わった。
(このままでは、大部屋暮らしから抜け出せない……)
別にこの桜蘭亭で一生過ごすつもりはないし、エンリエッタには悪いがロイヤルレディになって客を取るつもりもない。ここは18歳になるまでの避難場所であり、傾国の美女になるための修行をする場所だと割り切っている。
そのためにはナンバー1の女の元で学ぶ必要があるのだ。これはメルセデスに仕え、プティの中でも『エレガントプティ』と言われている友達のジータから聞いてますますその思いは強くなっている。
ロイヤルレディに仕える『エレガントプティ』や『エレガントプリンシパル』は、ロイヤルレディのお金で様々な習い事をすることができるのだ。それも一流の師の元で。田舎者のジータなんか、言葉遣いの矯正で訛りがなくなっただけでなく、発音まで良くなっている。
ジータは要領も悪く、頭も良くないが短い間に急激に変わるということは、教える人間の力量が相当なものだからだろう。
(う~。やはり、教育は教えてもらう環境というけれど、この差は大き過ぎる)
大部屋の子でもロイヤルレディまでなれる子もいないわけではないが、小さい頃に身に付けた教養や能力は大人になってハンディとして大きくのしかかるのだ。
(ここはどうしてもメルセデスの元に……)
悔しいが性悪女と思われるメルセデスは、その教養と表向きの人間性は完璧である。毎夜、この国に住むVIPが大金を払って彼女に会いに来る理由が分かる。
嫌な奴だが彼女から学ぶことは大きいのだ。それは最終目標である『傾国の美女』になるために必要なことなのだ。
「ミコト、ミコト……お客さんだよ」
女将のエンリエッタが複雑そうな顔をして私を呼びに来た。何だか様子が変だ。そもそも、妓楼の見習いの私を訪ねてくる客がいるわけがない。
私はエンリエッタに付き添われて本館の応接室に行く。ここは桜蘭亭のパブリックスペース。ロイヤルレディと遊ぶ前に待機する場所だ。
そこに似つかわしくない少年が座っている。私より年齢が少し上くらいの少年だ。そして豪華なソファに座る少年の後ろには屈強な護衛が二名立っている。
(なんでここに子供がいるの?)
そもそも桜蘭亭の敷地や建物どころか、このパンドラ地区自体が18歳以下お断りエリアのはずだ。子供が立ち入るところではない。
それが可能となっているということは、この少年が相当に地位のある権力者ということになる。
「ああ……会いたかったよ、ミコト!」
その少年は私を見るなり、立ち上がった。黒いジュストコールと言われる上着に半ズボンという貴族のお坊ちゃまの格好。髪は金髪の短髪。さらさらヘアが気持ちよさそう。ブルーのスカーフが白いフリルのシャツに生えてカッコいい男子と言えなくはない。
少なくとも私が小学校時代にはこんな洗練された男子はいなかった。みんな鼻を垂らして泥だらけでボールを蹴っていたからだ。
そんな変な男子が私のことを『ミコト』と呼び捨てにしている。馴れ馴れしいにもほどがあろう。
「僕はアンドレ・ド・カッシーニという名前です」
姓もちで「ド」が付くのは、ほぼ貴族だ。この世界では金持ちか貴族様じゃないと名前だけなのだ。
「あ、そう」
興味なさそうにそう答える私。この少年が今の私の窮状を救ってくれるなんて思ってもみない。
「アンドレ様はカッシーニ公爵家の現当主様でいっらしゃいます」
そうエンリエッタが補足する。公爵ということは、この国の大貴族様。大金持ちでいらっしゃるということだ。
「あ、そう」
それでも私は顔色も変えずそう言った。しかし、心の中では
(来た~。もしかしたら、急展開か~。何かの気配あり~)
と期待が膨らんでいる。でも、そんな思いは一切出さない。全く、8歳らしくない態度だ。
一応、この生意気そうなお坊ちゃんの個人情報を開示する。
アンドレ・ド・カッシーニ 10歳 ショパン王国公爵
魔力? 攻撃力? 防御力?
名門カッシーニ公爵家の現当主。カッシーニ公爵家は7大公爵家の1つ。
10歳ながら公爵を務める天才少年である。
(はあ?)
このお坊ちゃん、魔力抵抗が高いのか、他に何か理由があるのか肝心な能力ステータスが分からない。それにコメントも普通だ。私は不可解な状況に首をかしげるしかなかった。
「これミコト、しっかり挨拶しなさい。失礼ですよ」
エンリエッタはそう私を叱る。そして満面の笑みでアンドレ少年に愛想笑いをしている。この女将の心情は大体分かる。この少年が間違いなく、自分たちに利益をもたらすという確信を抱いているに違いない。
そうでなければ、禁を破って子供をこの桜蘭亭に招き入れはしないだろう。女将の両手は商人みたいにニギニギしている。この少年に言い値で私を売り払いかねない感じだ。
エンリエッタに言われて私はちょんとしゃがんで貴婦人の礼をする。それくらいはこの館に来て学んでいるから、形だけするのは問題ない。




